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循環器内科

Circulatory

高血圧

早朝は注意

昔からいわれていることに心筋梗塞や脳卒中は起床後の早朝に発症のピークがあるといわれています。最近の研究でも午前中に大きなピーク、夕方から夜にかけてもう一つ小さなピークがあり二相性のピークがみられています。
一週間の単位でみると男性は月曜日の発症率が最も高く、土曜日と日曜日は低いようですが、女性あるいは主婦は休日の方がむしろストレスになっていることが示唆されています。

朝方に発作を起こすことが多いのは睡眠中から覚醒・起床という行動パターンの変化につれ副交感神経から交感神経へ切り替わる自律神経の急激な変化が関係していると考えられます。
副交感神経とは夜間に活発になる神経でこのため夜間は血圧が低下したり脈が遅くなるのがふつうです。また早朝から午前中にかけて血小板凝集能が亢進、線溶(血栓を溶かす)活性が低下するため、血栓ができやすいことも関係しています。夜寝る前にコップ1杯の水を飲むと血栓の形成をかなり抑えることができるともいわれています。

また血圧の変動にはdipper(夜間睡眠中に血圧が低下する)、non-dipper(夜間睡眠中に血圧が高いまま持続している)、morning surge(朝方の血圧の急上昇)などがいわれていますが、なかでも朝方の高血圧には二つのタイプがあり、夜間から明け方まで高い状態が持続するsustained type(サステインドタイプ)とdipperから朝、急上昇するsurge type(サージタイプ)とがあります。
サステインドタイプの場合は長時間作用型の降圧剤(1日1回だけ服用する薬)を使う必要がありますが、長時間作用型といわれていても実際には降圧効果が持続しないことがあります。こうした場合は長時間作用型の薬剤を1日2回以上服用する、または就寝前に薬を飲むという工夫が必要になります。
一方サージタイプは夜間血圧は低く、朝血圧が急に高くなるものですが朝方のみの血圧上昇だけをうまく抑えられる薬は現在のところありません。しかしサステインドタイプもサージタイプも長時間作用型の降圧剤を使えば抑えることができ、サージを抑えるというよりはサージの傾斜(血圧の上がり方)は同じでも血圧のレベルそのものを下げることは可能なので降圧効果が持続しなければ服用の仕方を工夫すべきなのです。

朝方、午前中の高い血圧を抑えることが重要であることからABPM(自由行動下24時間血圧測定;当院で行っています)を行うことが重要になります。簡便にはかる方法としては家庭血圧計で起床後2時間以内に1回測定することをお勧めします。もしそれで血圧が高ければ薬剤を工夫することによって朝方の脳卒中などのイベントを抑えることが可能となります。つまり普段血圧が正常と思っている人でも朝方の血圧の測定を行っておく方がよいのです。
また早朝に散歩をされる方がおられるようですが、朝方に血圧が高い人がこの寒い時期に早朝に運動をするのは考えものです。血圧が高い方は運動前後に血圧測定をする方が安全です。

血圧の薬は何でも一緒というわけではありません。作用時間もそれぞれ違いますし、作用機序も違いβブロッカー、ACE阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬、利尿剤、カルシウム拮抗薬、α1ブロッカー、α2刺激薬等があります。これらについては近いうちに詳述しますが、専門医でなければ血圧の治療も難しいのです。

降圧剤の種類

高血圧の治療としては食事療法、運動療法、心理療法などがあり、これらで十分な効果が得られない、または得られないであろうと考えられる場合は薬剤(降圧剤)を使用します。降圧剤には①降圧利尿剤、②交感神経遮断薬(βブロッカー、中枢性交感神経遮断薬、末梢性交感神経遮断薬などがあります)、③カルシウム(Ca)拮抗薬、④血管拡張薬、⑤アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、⑥アンジオテンシンⅡ(AⅡ)受容体拮抗薬があります。

①の高圧利尿薬は長期服用で代謝に問題があることが多く使いにくいことも多いのですが、日本人は塩分をとりすぎていることから非常に有用です。ただ水分と塩分(NaCl)を体の中から出すことによって血圧を下げるものですから、トイレが近くなったりしますが、薬の値段は安価です。

②の交感神経遮断薬のβ(ベータ)ブロッカーというのは心臓や血管のβ受容体というところに結合してその作用をブロックするものです。このため脈が速い患者さんや狭心症のある患者さんなどにも使いやすいものですが、心不全、気管支喘息、脈の遅い人に使用するときには専門医の知識が必要です。これにはメインテート、プラマテート、セレクトロール、セレプトロール、プルサン、ロプレソールなどの薬があります。
αβブロッカーというものもありこれはβブロッカーにより代償的にα作用が亢進して降圧作用が減弱することがあるためにその両方をブロックするものでアルマール、ローガン、アーチストなどの薬剤があります。αブロッカーというのは冠動脈不全、心不全、腎不全、気管支喘息などにも使用しやすいものですが、拡張期血圧をよく下げる作用がありカルデナリンという薬剤があります。中枢性交感神経遮断薬は血管運動中枢のα2受容体を刺激して、全身の交感神経刺激を抑制して降圧するものでワイテンス、アルドメッドなどの薬剤があります。

③のCa拮抗薬はあまり副作用がなく、多くの患者さんに第1選択薬として使いやすいのですが、心拍数をかえって上げたり、下げたりする薬剤があり患者さん個々に応じた選択が重要です。薬剤としては非常に多くの種類が発売されています。ノルバスク、アダラート、ニフェラート、コニール、アテレック、へルベッサー、ペルジピンなどです。

⑤のACE阻害薬としてはコバシル、レニベース、レニベーゼ、タナトリルなどの薬剤があり、血圧を上げるアンジオテンシンをその変換酵素を阻害することによって減少させ降圧を図るものですが、最近その臓器保護作用や、抗動脈硬化作用、腎保護作用、肥大心の縮小作用などの利点が次々と発表されています。また糖代謝・脂質代謝などに悪影響もありません。しかし人によっては空咳がでるという副作用があることと、やや値段が高いというのが欠点です。

⑥のAⅡ受容体拮抗薬は最近次々と開発されているもので直接アンジオテンシンの受容体と結合することによりアンジオテンシンの作用を下げて降圧するもので最近の報告では動脈硬化、心肥大、血管障害などを阻止する作用があるといわれており、空咳などの副作用もほとんどありません。

このように薬剤にはそれぞれ特徴があり、誰がどれを飲んでもいいなどということは絶対にありませんから人に薬をもらったり絶対しないで下さい。また患者さん個々のそのときの状況、状態に応じて薬剤を少しずつ変えることもあります。そのあたりが専門医のさじ加減、“妙”というものです。
また薬剤の値段もバラバラです。もし薬代が高い場合はそのように医師に申し出て下さい。薬が高いからといって薬を飲まなかったりするのがもっとも危険です。

血圧の薬は一生飲まなければいけないか

時々高血圧の治療薬を飲み出すと一生飲まなければいけないとか言う人がいます。まただから薬を飲みたくないという方もおられるようです。血圧の薬を一生飲まなければならないかとういうと答えは“飲まなくても良い”となります。正確には“薬をやめれる人がいる”となります。
多くの方は血圧が上昇してくるのは中年以降です。それは動脈硬化と年齢による代謝、運動機能などによります。したがって多くの場合は1日や2日で血圧が上がるわけではなく、徐々に上昇してきます。そうした人はたとえ血圧が170あっても全く無症状であることが多いのです。つまり体がそれに慣れてしまっているのです。したがって薬を飲んで血圧が下がったからといってやめればすぐに元に戻ってしまいます。
体を正常血圧(140以下)にならすのには時間が必要なのです。多くの場合は3年はかかります。3年くらい正常の状態が続くと薬を減量または中止できる人がおられます。しかし歳とともに動脈硬化は進みますから、また血圧を上げる素因がその人にあることが多いので注意深く薬を減量していかなくてはなりません(これが医師の技量によるさじ加減といえます)。

また血圧による変化がすでに起こってしまっている方、具体的には心肥大、心不全、腎機能障害、狭心症、脳動脈硬化症などがおこっている方はずっと飲み続けなければいけないことが多いです。これはそうしたものがなかなか元に戻らないからですが、薬をやめることによって明らかに寿命は短縮します。また糖尿病、高脂血症、痛風などの病気が一緒にある方は厳格に血圧をコントロールしなければなりません。

一生自分は薬を飲まなければならないのかと悲観される方もおられるでしょうが、薬を全く飲まないで“自分は元気だ”と思っている人より2週間に1度医者にかかって薬をもらっている人の方がはるかに長生きしているのです。
最近の高血圧の薬は多種多様な良い薬があります。それを飲まないで高血圧を放っておくということは21世紀に住んでいるということを否定するのと同じです。現代にはいい薬があるのにそれを飲まないということは戦前、明治時代あるいは江戸時代の人と同じということになります。当時の平均寿命は60歳もありません。ファックスやEメールあるいは携帯電話のある現代で飛脚に手紙を頼んでいるのと同じ事です。

どうしてこのように進歩した現代医療の恩恵を受けないのでしょうか。せっかく21世紀に生きているのですから、最先端の医療を受ける方がトクというものです。“血圧が高い”というと隣近所の人、友達が“薬なんか飲んだら一生飲まなあかんようになる”というかも知れません。しかしその人はあなたの寿命に対して責任を取ってくれるのでしょうか。その近所の人はあなたを殺そうとしていると考えて下さい。
本来なら“きちんと医者で診てもらえ”というのが本当ではないでしょうか。薬を飲まない方が確実に早く死にます。少なくともきちんと2週間に1度医者にかかって薬を飲み続けている人の多くはいわゆる寿命を全うできると考えられています。

家庭血圧の測り方

家庭で測る血圧計には3つのタイプがあります。上腕で測るタイプ、手首で測るタイプ、指で測るタイプです。この中で指で測るタイプは上腕で測るタイプと生理的に違っていて誤差もかなり大きいということで現在はほとんど製造もされていません。手首で測るタイプは大きな問題がいくつかあります。手首の位置が右心房の位置に来なければいけませんが、実際にはもう少し低い位置で測る人が多いことが一つです。さらに手首には橈骨と尺骨という骨があり手掌側には腱もあり、こうした硬いものがあることで圧迫しても十分に血流を遮断できないということがあります。こうしたことから高血圧学会では上腕で測るタイプを推奨しています。腕帯は軟らかいものがどのような太さの上腕でもマッチしてよいのですが、実際に測る際にはある程度硬くて形のできているものの方が測りやすいということがありますのでその方が正確に測れる場合にはそれでもよいといえます。

精度については年に1回くらいは水銀のものと比較する必要があるとされています。一般には水銀計と5mmHg以内の誤差ならよいとされています。市販の血圧計は測定原理が異なっていますので誤差が出るわけです。一般的に発売されているのはカフオシロメトリック法で動脈の拍動をカフの内圧の拍動でとらえて測るという方法です。
当院の外来のように水銀血圧計で測っているのはコロトコフ法といってコロトコフ音で上の血圧、下の血圧を出しています。
実際に血圧を家庭で測る場合は最低、朝と夜の2点で測る必要があります。朝の場合は起床後1時間以内の排尿後に1~2分の安静後に坐位で測ります。また朝食前、服薬前に測定します。
起床後1時間以内にする根拠はありませんが、毎日測定するということになると朝の忙しい時にはこれくらいの時間の幅が必要ではないかということです。排尿後というのは排尿を我慢すると血圧が上昇するためです。1~2分後というのは教科書的には3~5分ということですが朝の忙しいときにはこれも難しいので少なくとも1~2分の安静の後に測定するということです。食前というのは食事中は血圧が上昇し食後には一過性に血圧が低下するため条件を統一するためです。夜の場合は食事、アルコール、入浴によって血圧が変動しますので眠前に測るということになっています。アルコールで血圧は低下し、脈拍は増加します。

測定回数は1回に少なくとも1回測ることになっていますが、これは毎日測定している場合で時々測定する場合は1回に2回以上、できれば3回ぐらい測って2回目と3回目の平均をとったり2回であればその平均という形で出すのも良いでしょう。

不整脈

不整脈については動画でも説明しています。https://youtu.be/AzNgjGR0jT8をご覧ください。

不整脈は非常に難しい疾患であり、内科医でも循環器専門医でなければ治療を誤ることがしばしばあります。一つ間違えば即、死亡に至ることもあります。不整脈の薬も慣れた医師でなければなかなか処方できません。しかし、治療を要しない不整脈もありますからあわてることはありませんし、多くの不整脈は治療可能です。

不整脈の症状としては全く無症状のものからドキドキする、息が切れる、瞬間的に脈が飛ぶ感じ、ドキッとする、頭がぼーっとする、目の前が暗くなる、めまいや立ち眩みがする、失神するなど様々な症状があります。また原因は不明であることが多いのですが、基礎疾患として狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患や心臓弁膜症などがあることがあります。したがって不整脈のある人は必ず心臓超音波(エコー)検査を撮っておくことが必要です。また慢性的な疲労、過労、睡眠不足、精神的・肉体的ストレス、コーヒー、タバコ、栄誉ドリンク、、コーラ、日本茶などの摂りすぎでも誘発されやすくなります。

まず、不整脈を知るためにはどうして心臓が動いているかを知らなければなりません。心臓は体から還ってきた血液を右心房から右心室を通して肺へ送り出し、肺できれいになった血液を左心室から全身に同時に送り出しています。つまり、肺と全身に同時に血液を送り出しているのですが、これは心臓が収縮するからこそ出来るのです。
収縮するというのは心臓自体が筋肉で出来ているからであり、筋肉は電気信号で収縮し、また収縮したときに自ら電気を発します(これをとったのが心電図です)。この心臓に送られる電気信号を伝えるのが刺激伝導系といわれるもので洞房結節という電気を発するところから心臓全体に電気を伝えます。洞房結節で発生した電気信号は心房の筋肉を伝わって房室結節へと伝わり、この時心房が収縮します。さらに信号は房室結節からヒス束を通って右脚、左脚に分かれた後プルキンエ線維へと細かく伝わって心室全体に信号が送られ心室が収縮することによって血液が心臓から出ていくのです。

そもそも人間の心臓の筋肉には普通の筋肉と違って自分で刺激を出す能力があります。これを自動能といいます。つまり人間の心臓の筋肉を取り出してくるとピクピクと痙攣、収縮します。しかし勝手にピクピクと収縮すると心臓全体としては旨く収縮できませんから刺激伝導系を早い刺激が伝わることによって全体が統一した動きが出来るのです。
その中で最も刺激間隔が短いのが洞房結節といわれるところから出る刺激で、これが一般的に歩調取りリズム、すなわちペースメーカーとなります。運動したり、脱水になったり、発熱したりすると脈が速くなりますが、それらはこの洞房結節がすべてコントロールしていることになります。洞房結節で発生した刺激が心房の筋肉を伝わって房室結節へと伝わり、この時心房が収縮し心電図でP波が形成されます。さらに房室結節からヒス束を通って(心電図ではP-Qの間の時間)右脚、左脚に分かれた後プルキンエ線維へと細かく伝わって心室全体に信号が送られ心室が収縮する(QRS波を形成)ことによって血液が心臓から出ていくのです。

不整脈の種類としては簡単に分けると脈の遅くなる徐脈、速くなる頻脈、脈が飛ぶ期外収縮があります。

1.洞性不整脈

これは正常の心拍で脈が速くなったり遅くなったりするものです。つまり息を吸うと脈は遅くなり、息を吐くと速くなります。特に若年者でこの変化は大きいようですがこれは病的なものではなく正常なものとされ、自覚症状もありません。またスポーツマン心臓などで極端に脈が遅くなることがありますが、この場合も特に治療を要するものではありません。

2.期外収縮

期外収縮というのは文字通り「期待外」の収縮という意味で本来次に来るであろう収縮(脈)に反して早めに脈を打つものです。その脈を打つ刺激がどこから出てくるかで心房性(上室性)と心室性に分類されます。

心房性期外収縮:異常な電気信号が心室より上の部分で起こるものです。したがって心室の収縮状態は正常と同じですので心電図ではQRS波(心室の収縮)は正常と変わりなく、P波が正常と違う形をしています。
この場合、心室収縮が同じであるため心臓から出る血液量は正常とさほど変化がありませんので自覚症状がないことも多いようです。またこの不整脈は最もよくみられるものですが、高血圧、狭心症、弁膜症など他の疾患の結果として表れることも多いので原因となる元の疾患の治療が大切となります。

心室性期外収縮:この場合心室から異常刺激が出ますので心電図では正常ではないQRS波がみられます。2カ所以上から異常刺激が出れば2つ以上の形の違うQRSがみられます。
自覚症状がないことが多いのですが症状がある場合は脈が飛ぶ感じ、胸部の不快感、胸の痛み(一瞬から1分以内)を感じることがあります。心室性期外収縮では正常よりも心臓が送り出す血液量が低下しますので脈が感じられず、脈が飛ぶように感じることがあります。これも数が少ない場合は問題ありませんが連発したりしますと心室頻拍といわれ意識消失などの重篤な症状として表れることがあります。(心室頻拍については後述)。

ホルター心電図という24時間の心電図をみてその頻度、程度を観察することが多くLownの分類が用いられます。1:1時間に30個未満、2;1時間に30個以上、3;多源性、4a;2連発、4b;3連発以上、5;Ron Tと分類され、一般的に3度以上では治療が必要とされてます。このうち5度のR on Tというのは前の脈のT波上に期外収縮が乗るもので心室頻拍や心室細動といった危険な状態が誘発されるといわれています。

3.徐脈性不整脈

洞性徐脈
規則的であるが脈拍数が遅いもので、多くは血圧の薬などによるものが多いのですが、症状がなければ特に問題となることはありませんし、治療の必要もありません。

洞停止
洞房結節が一過性に電気信号を発しなくなるものです。徐脈が続き症状があるようならば治療の対象となります。

洞房ブロック
電気信号の発生が正常であっても心房に伝わらない状態です。

房室ブロック
電気信号が心房は興奮させるが心室に伝わらないものでこれには1度、2度、3度があり1度は電気信号が伝わるのに時間がかかるだけのもの、2度は徐々に電気信号の伝わる速度が遅くなるWenkebach(ウェンケバッハ)タイプ(Mobitzモビッツ1型ともいう)と突然 伝わらなくなるMobitsⅡ型があります。3度は全く信号が伝わらないもので、心房と心室は別々に興奮します。Mobitz2型と3度の房室ブロックはペースメーカー植込の適応となります。これらは突然の心停止や失神発作の原因となります。原因としては心筋炎、リウマチ熱、動脈硬化、心筋虚血、迷走神経の興奮などが指摘されています。

洞不全症候群
SSS(sick sinus syndrome)といわれるもので著しい洞性徐脈、洞停止、洞房ブロック、徐脈頻脈症候群などを指します。これらで症状があるものはペースメーカー植込の適応となります。意識消失があれば緊急のペースメーカー治療の適応です。洞徐脈では心拍数は21~28/分となり、運動をしても心拍数が増加しません。特に徐脈と頻脈を繰り返す徐脈頻脈症候群ではペースメーカー植込が必要となることが多くなります。心拍数が低くなるとそれだけ心臓拍出量が減りますので、心臓のポンプとしての機能が低下し心臓ポンプ不全すなわち心不全となります。当然ペースメーカーの適応となります。薬物療法としては心拍数を増やす薬を使う方法がありますが、効果は一次的ですのでペースメーカー植込が基本的治療となります。

発作性上室性頻拍
発作的に1分間に150~200回という速く規則正しい脈になります。脈が速いために動悸の他に心拍出量低下による血圧低下、気分不良を起こすことがあります。死亡することはありませんが早急に治療が必要です。ただ多くの場合は突然に発作が止まります。逆に規則正しい脈で脈拍数が150未満までであれば生理的な頻脈で危険のない頻脈といえます。

心房細動
心房が無秩序に興奮している状態です。不規則な興奮は1分間300~500にもなり心電図ではP波はありません。心房はブルブルと振るえている状態ですから心臓の補助ポンプとしての収縮がなく心拍出量が低下します。脈拍数のコントロールが必要ですが、発作性の場合は早急に治療すると洞調律に戻ります。ただし、脈が逆に遅くなる場合もあります。この場合、症状などがあればペースメーカー植え込みの適応となります。

心房粗動
心房細動と違って心房は1分間250~400回で規則的な脈を打ちます。しかし心室にはすべての刺激が伝わりません。

心室頻拍
心室由来の刺激が連発するものです。動悸や、息切れ、意識消失などを起こします。したがって、緊急に治療が必要な状態です。

心室細動
最も危険、重症の不整脈です。これは心室が細動、すなわち右図のようにブルブルと震えている状態ですから心臓は血液を送り出すことが出来ません。ほとんどの場合、血圧がなくなり意識を失います。放置すれば死亡します。原因としては心筋梗塞、狭心症などが最も多いのですが心筋症、弁膜症なども原因となります。

不整脈の検査

心電図
この検査はほとんどの人が受けたことがあると思います。心電図は心臓の興奮を体表面で測定するものですが、その波形の変化、大きさ、リズムで判定します。両手足に電極をつけ(右足はアースとなります)、胸部に6つの電極をつけます(V1~V6)。手足の誘導は心臓のベクトル(解剖学的に心臓は左下方向を向いている)の変化と心臓の下壁の興奮をみるのに使われます。詳細は専門的知識が必要ですので省略しますが、興味ある方はお尋ね下さい。

ホルター心電図
小型の心電図をつけて帰宅してもらい体を動かしているときや寝ている間の24時間の心電図変化をみるものです。テープを24時間動かしますが、最近のものはICカードになっていますので心電計もかなり小型になっています。当院では4台のホルター心電図があり、いつでも測定できます。

携帯型心電計
これは最近オムロンから発売された自分で心電図を簡単にみるものです。ホルター心電図のように細かいところは分かりませんが不整脈が出ているかどうかが分かります。ホルター心電図ではつけているときに症状がなかったり不整脈が出なかったりすることがありますが、たとえば1週間に一度しか発作が起こらないという人が動悸などの症状が出たときに自分ですぐに簡単に心電図をみることが出来ます。当院でもたまにしか発作が起こらないという人につけてもらっています。当院ではオムロンから委託されてこの心電図の解析を行っています。

心エコー検査
不整脈は心筋梗塞、狭心症、心筋症、弁膜症などの基礎疾患があって起こる場合があります。したがって不整脈の患者さんでは必ず心エコーをして他に疾患がないかどうかを調べる必要があります。また、抗不整脈薬の一部に心機能を抑えるものがありますので心機能が低下していていないか、心不全がないかを調べるためにも必要です。

運動負荷検査
運動をしてもらって、心電図で不整脈が増えるかどうかをみる検査です。多くの場合、運動をして増える不整脈はあまり良くありません。この検査は無理矢理に運動をしてもらうので危険を伴うことがあります。当院では行っていません、というかほとんどの病院では最近は行わないのですが運動選手などでどれくらい出来るかをみるときに検査することがあります。多くは、ホルター心電図で十分です。

不整脈の治療

1.生活習慣の改善を
不整脈の治療の基本は生活習慣の改善です。特に夜更かし(睡眠不足)を避ける、ストレスを避ける事が大切です。タバコのほかにアルコール、カフェイン含有物(コーヒー、紅茶、ココア、日本茶、栄養ドリンク、コーラなど)を避けることも大切です。

2.薬物療法
不整脈治療の中心となります。抗不整脈剤には各種薬剤がありますが、副作用の問題もあり必ず循環器科を標榜している循環器専門医で薬をもらう方がよいでしょう。漢方薬にも柴胡加竜骨牡蛎湯のように不整脈に有効なものがありますが、一般には西洋薬を用います。
抗不整脈薬はⅠ群、Ⅱ群、Ⅲ群、Ⅳ群に分ける方法が最も一般的ですがこのうち多くの人に用いられるものはⅠ群です。これもⅠa、Ⅰb、Ⅰcに分類されています。Ⅰaとしてはリスモダン、ピメノール、アミサリン、シベノール、Ⅰbにはアスペノン、メキシチール、Ⅰcにはサンリズム、タンボコール、プロノンなどの薬があります。これらの薬をうまく使いこなせるには医師でも相当の熟練が必要です。Ⅱ群はβブロッカーといわれるもので高血圧にも用いられますが、交感神経の緊張による不整脈に有効ですが不整脈自体を抑えるというより頻脈を抑えるのに使用されます。Ⅲ群はアンカロンという薬で心機能が低下している場合に用いられますが、一般に使用頻度は低いもので薬の値段も異常に高いものです。Ⅳ群はカルシウム拮抗薬でへルベッサー、ワソランといった薬がありますが発作性上室性頻拍に用いられ高血圧や狭心症にも有効です。当院ではこれらの全種類を使用していますが、どの患者さんにどの薬がよいかは個々の患者さんで異なります。
また心房細動などでは不整脈の心拍数を適当な数にコントロールするためのジギタリスや血栓を予防するための抗血栓薬(ワーファリン)を使用します。
一般に抗不整脈薬が用いられるのは心室性期外収縮ではその頻度が多かったり連発がみられるものです。上室性期外収縮も症状があったり心房細動への移行が考えられるものでは投薬が必要です。心房細動では必ず薬を飲んでいなければなりません。また徐脈性不整脈では脈を速くする薬を使うことがありますが、一般的にはペースメーカー植込を行うことが多くなります。

3.ペースメーカー植込
不整脈のなかで脈が遅くなる房室ブロック、心房細動、洞不全症候群などでペースメーカー植込が行われます。これはペースメーカーという刺激発生装置を胸部の皮下に埋め込みそれから出るリード(電線)を心臓まで静脈の中を通すものです。ペースメーカーは細小のものでは500円硬貨より小さくなっています。心室のみを刺激する場合はリードは1本ですが、心房細動以外の場合は多くは心房と心室の両方にリードを入れるため2本のリードを入れるのが一般的です。
手技自体は慣れた医師ならば安全に行えます。手術時間も約1時間程度ですが、私は最短25分という記録を持っています。ペースメーカーはリードを通じて心臓の拍動を感知し設定した心拍数より遅い場合に心臓を刺激して収縮させるものです。したがって設定した心拍以上に自己心拍数があればペースメーカーは作動しません。このため徐脈があまりなければペースメーカーの電池寿命はのびることになります。一般にペースメーカーの電池寿命は24時間フルに動いて7~8年とされていますが、多くの患者さんは10年前後電池が持ちます。また電池入れ換えは非常に簡単なものです。

4.アブレーション治療
主に発作性上室性頻拍に用いられるもので図にある刺激伝導系以外の異常な刺激伝導系を足などの静脈から挿入したカテーテルによって高周波で焼ききるものです。これはどこを焼ききるかを見極めるのが大変で手技のほとんどがその同定に費やされます。
約3時間程度かかることもありますが、正常の刺激伝導系を焼いてしまいペースメーカー植込をしなければならないこともあります。しかし、最近は成功率が非常に上昇しており成功すれば発作を抑える薬をもう飲まなくても良くなります。若.年者や薬でコントロールするのが難しい人で行われます。

狭心症

狭心症というのは多くの場合動脈硬化によって起こった冠状動脈の狭窄によって起こる心臓の一過性の虚血のことをいいます。すなわち狭心症というのは多くの場合動脈硬化が起こる年齢で出現してきます。
男性ならば50歳前後、女性ならば60歳前後からです。女性の場合は50歳前後まで生理があり、生理があるということは女性ホルモンが出ているということです。この女性ホルモン、エストロジェンといいますが、強力な抗動脈硬化作用があるのです。従って女性は男性より動脈硬化の進展が遅く、また長生きできるということになります。
したがって、狭心症のリスクファクター(危険因子)というのは動脈硬化の危険因子と共通となります。高コレステロール血症、糖尿病、高血圧、ストレス、肥満、運動不足、喫煙などがあげられます。

人間の血管には動脈と静脈があり、動脈には肺できれいになった酸素の豊富な真っ赤な血液が流れています。人間の体のほとんどはこの動脈の血液、動脈血で栄養されているのです。従って動脈がつまるとその部位が腐ってしまうことになります。頭の動脈がつまると脳梗塞、肺の動脈がつまると肺梗塞、腎臓の動脈がつまると腎梗塞、腸に分布する動脈がつまると腸管膜動脈閉塞症といわれ、名前は変わっても病態は同じです。心臓の血管がつまると心筋梗塞となります。
心臓を栄養している血管は冠状動脈(冠動脈)といわれ、心臓の表面を走行しています。心臓は筋肉でできており収縮と拡張を繰り返していますから、心筋の中を走行していると血管が心臓に押しつぶされることになります。
表面を走行しているのは非常に合理的なのです。冠動脈は大動脈の起始部からすぐに分岐しており、右冠動脈、左冠動脈の2本があります。さらに左冠動脈は前下行枝と回旋枝にすぐに分岐します。したがって右冠動脈とともに大きな血管は3本あるのです。この血管がつまると心筋梗塞になるというわけです。また血管は分岐していきますから、根元の方であればあるほど広範囲に心筋梗塞になり重症となってしまいます。
血管が分岐していくことによってどの部位でつまるかによって重症度、予後が全く違ったものとなってきます。狭心症はこの冠動脈が動脈硬化によって細くなり、心臓に血液不足が起こってしまった状態ということになります。ニトログリセリンを舌下すると血管が拡張するために動脈血がよく流れるようになって、狭心痛が改善するのです。

狭心症の症状としては様々なものがあり一定のものはありません。典型的な場合は前胸部に締扼感といって締めつけるような痛みが出現し、約5分以内で改善することが多いものです。しかし、動悸、刺すような痛みを訴えることもあり、場所も前胸部から左胸、右胸、左肩、みぞおち、首、のどなど色々なところに出現します。時には胃潰瘍や歯痛と間違えることがあるくらいです。その出現時期も運動しているとき、安静にしているとき、寝ているとき、急に寒いところに出たとき、興奮したときなど様々です。

狭心症の分類

労作性狭心症---
これは労作すなわち運動、仕事などの体を動かすことによって起こる狭心症です。運動することによって心臓は心拍数が上昇します。また一過性に血圧が上昇します。そうするとその血圧に打ち勝って速い頻度(心拍数)で心臓は血液を送り出そうと運動することになります。この時もし心臓を栄養している冠状動脈が狭くなっていると(狭窄していると)、心臓自体に環流する血液が足らなくなってしまいます。すると心臓の虚血が起こり、胸痛が起こるというわけです。

不安定狭心症---
労作性狭心症というのは細くなった冠状動脈のため心拍数が増加した際に狭心症発作を起こすのですが、不安定狭心症ではほんの少しの労作や安静にしていても発作を起こす状態です。これは冠状動脈の狭窄がきわめて高度であるため安静時の心臓の動きに対しても血液不足を起こしてしまった状態なのです。体をじっと安静にしていても心臓は拍動しているのです。

安静狭心症(異型狭心症)---
安静狭心症というのは労作に関係なく安静時、特に夜間就寝中に起こりやすい狭心症です。これは軽度の狭窄のある冠状動脈が局所的に高度に一過性に狭窄して不安定狭心症のようになってしまう状態です。動脈のこの一過性の狭窄を攣縮(れんしゅく)と呼びますが、動脈には筋肉がついていてこれが収縮するために血管が収縮してしまうのです。
お酒を飲んだり、風呂上がりには体が赤くなりますが、これは皮膚の血管が拡張している状態です。逆に寒くなったりすると血管が収縮するのです。この攣縮がなぜ急に起こるのか、睡眠中に起こるのかについて詳しいメカニズムは解明されていませんが、一般に交感神経の関与があるとされています。またこのタイプの狭心症は夜間に起こることが多いものですから、よほど胸痛がきつくないと本人も気がつかないということがあります。

狭心症の診断①

狭心症はその症状が常にあるわけでなく、多くの人が医師が診察するときには症状が消えてしまっています。症状が典型的であれば、症状だけで診断がつきます。最も典型的な場合は胸骨あたりに圧迫感または痛みを感じます。痛みは左肩、左腕の内側、背中、のど、アゴ、歯で起こることがあり、右腕で起こることもあります。痛みは不快な感じと感じることもあります。
労作性狭心症では身体活動によって誘発され、数分を超えては続かず安静にしていれば治まります(治まらなければ心筋梗塞になります)。またある程度の運動をすると(坂道や階段を歩いたりすると)、狭心症が起こると予測できる患者さんもいます。食後の運動の後にひどい狭心症が生じることが多く、また寒い時にも悪化します。異型狭心症では夜間睡眠時に起こり、特に深夜2時前後と明け方に起こりやすいようです。
狭心症の診断のための検査ははこの発作時の心電図変化をとらえるか、わざと狭心症を誘発して変化をみる方法、冠動脈そのものを造影してみてみるということになります。

安静時心電図---
ふつうの心電図で、これではそのときに発作を起こしていない限り、診断できないことの方が多いです。

ホルター心電図---
24時間一日中、心電図をつけておくもので、その間に起こった心電図変化を記録します。しかし毎日必ず発作が起こるという場合でないと、発作時の心電図変化を捕まえることができないこともしばしばあります。

運動負荷心電図---
これは患者さんに心電図をつけながらベルトの上で歩いてもらったり、自転車をこいでもらったりして心電図変化をみるものです。つまり運動負荷をかけて狭心症発作を誘発するものです。しかしわざと発作を誘発するのですから、心筋梗塞になってしまうなど危険も多く、最近ではあまり行われません。また、不安定狭心症ではいつ心筋梗塞になるかわかりませんから行わないのがふつうです。異型狭心症では検出できないことがしばしばです。その他の検査について次回述べたいと思います。

狭心症の治療

狭心症はこれまで述べてきたように心臓自体の血液不足の状態ですから、それ以上の血液不足の状態に陥れないように心臓自体の運動量を減らす必要があります。したがって発作が起こったときのまずとるべきことは運動を中止し、安静にすることが必要です。基本的な治療は薬物療法が中心となります。重症の場合、カテーテルによる治療、外科手術などが行われますが、こうした手術を行っても薬物治療は継続される場合がほとんどです。

①薬物治療

狭心症に用いられる薬は数多くのものがありますが、その使い方を間違うとかえって発作を誘発することもありえます。したがって狭心症の治療は必ず、内科医特に循環器専門医の資格を持った医師に治療を受ける必要があります。薬剤は組み合わせで色々な使い方がありますが、各薬剤の特徴は次のようなものです。

ニトロ製剤---
ニトログリセリン製剤は古くから使われている狭心症治療薬です。これは血管を広げる作用があり、狭窄(きょうさく)した冠動脈を拡張させ、冠動脈血流を増加させるとともに心臓の負担をとる作用があります。薬物の剤形として、舌下錠、経口薬、貼付薬があります。舌下錠は発作が起こったときに舌の下に入れるもので、1分以内に溶けてしまいます。これにより口腔内の粘膜からすぐに吸収され全身に運ばれますので即効性があり、かつ安静狭心症にも労作性狭心症にも有効です。内服薬や貼付製剤は長期に使用した場合、耐性ができやすくなるので専門医に相談することも必要です。耐性とはニトロ製剤を長期使用することによってニトロの効きが悪くなる状態をいいます。これを防ぐ方法はありますが、専門医にご相談ください。

Ca(カルシウム)拮抗薬---
これは安静時狭心症のような冠動脈の攣縮(れんしゅく;スパズム)を予防するために用いられます。また血圧を下げることによって心臓の負担を減らす働きもあります。一部のCa拮抗薬は心拍数を減らす作用がありますのでこの作用のために用いることもあります。多くのものは血圧を下げる作用がありますので血圧が低い人には使いにくいのですが、副作用が少ない薬剤です。ただ労作性狭心症、心筋梗塞後の狭心症では患者さんの予後の改善にはならないという報告があり患者さんに応じて使用されるべきでしょう。

β(べーた)ブロッカー---
この薬剤は心臓の心拍数、収縮力を抑制する働きがあります。狭心症は心臓が動くのに対して供給される血液が不足している状態ですから、心臓の動きを抑えてやればよいわけです。この薬剤の有効性は実証されています。ただ交感神経を抑制するものですから、気管支喘息、重症心不全のある患者さんには使いにくいのが欠点です。

抗血小板薬---
アスピリンを中心とした薬剤で、血栓を作るのを予防するものです。これにより狭心症から心筋梗塞への移行を防ぐものです。

ワルファリン---
これは血栓を予防するとともにできた血栓を溶解する作用があります。以前は狭心症、心筋梗塞にもよく用いられましたが、現在では心房細動、人工弁挿入などの場合によく用いられています。

高脂血症治療薬---
コレステロールを下げる薬ですが、これによって冠動脈の狭窄を予防、あるいは減少させることがその目的です。 狭心症の人はコレステロールを低めにコントロールします。

狭心症の治療の目的は狭心症発作を抑制し、生活の自由度を高めること、心筋梗塞に移行しないようにすることが主たる目的となります。一般的には薬物療法が行われますが、冠動脈の狭窄を改善する血行再建術が行われることがあります。この血行再建術には内科医が行う経皮的冠動脈介入術(PCI:percutaneous coronary intervention)と外科医が行う冠動脈バイパス手術(CABG)があります。

②PCI

これは風船付きの管(バルーンカテーテル)を足の付け根か上肢の動脈から挿入し、心臓の冠動脈にまで挿入するものです。そして狭窄した冠動脈を拡張します。場合によってはカテーテルの先端についたバーで動脈硬化の部分そのものを削ったりする方法もあります(ローターブレーター)。また直接動脈内のコレステロールの固まりを削り取る方法(DCA)もあります。これらの方法は血管を造影することによってその狭窄の形状から選択されます。ローターブレーターとDCAは心臓血管外科がある施設でないとできないことになっています。

さらに拡張した血管の中にステントといわれる金属でできた網目状のものを入れることが多くなっています。これは冠動脈を拡張しても、しばらくしてまた狭窄してしまう再狭窄という状態になることが多いからです。このステントはずっと入れっぱなしになります。入れておいても問題とはならないのですが、異物が血管の中に入りますからかえって血栓を作ってしまうことがありますので治療後3~4ヶ月は血栓予防の薬を飲んでもらうことになります。
またステントを入れても再狭窄が20~40%に再狭窄が見られます。したがって血管を拡張した場合、3~6ヶ月後に冠動脈を撮影して再狭窄がないかどうかを検討する必要があります。最近はこの再狭窄を予防する薬をカテーテルから投与することが行われるようになってきています。

PCIの合併症としてはカテーテル挿入部位の出血や発熱などのほか、急性の冠動脈閉塞、冠動脈解離、心筋梗塞の発症などの重篤な合併症が0.3%程度(300人に1人)の割合で起こるとされています。0.3%というと多いように思われますが、他の外科手術に比べれば低い頻度です。

③外科治療

狭心症の治療で外科医が行うものに冠動脈バイパス手術(CABG)があります。これは狭くなった冠動脈を迂回する形で血管をつないで血流をバイパスするものです。つまり、図のごとく冠動脈の細くなっている部分より下流の冠動脈と大動脈をバイパス血管でつないだり、心臓の近くにある動脈の行き先を、狭くなっている部分より下流の冠動脈へ付け替えるものです。
したがって、どこの部分に吻合部をつくるかが問題ですので、必ず血管造影をして、狭窄部位を確認する必要があります。手術を行うと、85%の患者さんでは劇的に症状が改善します。

CABGの主な適応としては①左主幹部病変、②3枝病変、③2枝病変で、1枝が大きな前下行枝の近位部で、経皮的冠動脈介入術(PCI)が困難な部位、④経皮的冠動脈介入術後再狭窄を繰り返す場合、経皮的冠動脈介入術後の急性冠閉塞などがあげられます。バイパス血管として用いるのは自分の大伏在静脈(内くるぶしから大腿部の内側に上行する静脈)、内胸動脈(胸骨の裏を縦走する動脈)、胃大網動脈(胃の下側を走る動脈)、とう骨動脈(前腕の親指側の動脈)などが用いられます。

原則としてCABGは人工心肺を使って、大動脈を遮断し一度心臓を停止させて手術が行われます。しかし最近では病変が1カ所であるとか、前下行枝である場合には人工心肺を用いずに、すなわち心臓を停止させずにバイパス手術が行われるようになってきています(オフ・ポンプ手術)。この場合、非常に合併症が少なくてすみ、また入院期間も短縮できる利点があります。
手術で合併症が生じなければ、3~4週間の入院で退院が可能です。手術成功、予後の改善のポイントは心臓の機能がどれだけ良いかということが最大の問題となります。心機能が良好で、大きな他の疾患がない場合、手術による死亡率は1%以下です。

バイパス手術の問題点としては静脈グラフト(大伏在静脈)は術後5年ほどで約1/3が閉塞してしまうことです。したがって、外科医はできるだけ動脈グラフトを用いようとします。
また手術をしても、動脈硬化の進展を防ぐためにコレステロール値を下げたり、血圧を下げたり、糖尿病のコントロールをきちんとしなければならないのは当然のことです。

心筋梗塞

急性心筋梗塞とは心筋(心臓の筋肉で横紋筋)へ酸素と栄養を運んでいる冠状動脈に血栓(血のかたまり)が詰まり(閉塞し)、血液がいき渡らなくなり、心筋の細胞が死亡(壊死)した状態です。
狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患は、心臓を養う冠動脈の動脈硬化により血管の内腔が狭くなり、血液の流れが制限されて生じます。冠動脈が閉塞すると約40分後から心内膜側の心筋は壊死(えし)に陥ります。これが心筋梗塞です。
壊死は次第に心外膜側へ波状に広がり6~24時間後には貫璧性梗塞(かんぺきせいこうそく)となります。同じく冠状動脈の動脈硬化に基づく狭心症は心筋の壊死がなく、心臓本来のはたらきであるポンプ機能は正常に保たれているのに対し、心筋梗塞では心筋が壊死に陥ってポンプ機能が障害され、壊死が広汎に及べば心不全やショックを合併することもあります。

1999年の急性心筋梗塞の死亡者数は男性は約26,900人で女性は約23,000人です。心筋に血液を運ぶ冠状動脈は、大動脈のつけねのところから、左冠状動脈1本と右冠状動脈の2本に枝分かれして、左右の心室に血流を送っています。さらに左冠状動脈は前下行枝と回旋枝の2本の大きな枝に分岐します。
急性心筋梗塞の原因となる閉塞は普通、冠状動脈のいずれか1本でおこります(まれに3本同時におこることもあります)。最も多いのは左冠状動脈前下行枝がつまる場合で、左心室の前の部分(前壁)の心臓の筋肉が壊死となります。梗塞の部位によって前壁梗塞、下壁梗塞、側壁梗塞、高位後壁梗塞などがあります。

最近の医学の進歩で急性心筋梗塞の死亡率は減少していますが、現在でも5~10%程度とあなどれません。急性心筋梗塞の半数には前駆症状として狭心症がありますが、残りの半数はまったく何の前触れもなしに突然発症するので、予知が難しいことが問題です。
心筋梗塞は発症からの時間の経過で治療法、重症度も異なるので、発症2週間以内を急性、1カ月以上経過したものを陳旧性とするのが一般的です。従来、冠動脈の粥腫(じゅくしゅ)(おかゆ状の病変)は長年にわたって直線的に増大し、安定狭心症の状態から狭窄度の増大とともに不安定狭心症へ、さらには内腔が完全に閉塞することにより急性心筋梗塞を発症すると考えられてきました。

最近では、不安定狭心症や急性心筋梗塞は、冠動脈壁の粥腫の崩壊とそれに引き続いて起こる血栓の形成のために冠血流が急激に減少するという共通の病態に基づいて発症するものと考えられるようになり、まとめて急性冠症候群(acute coronary syndrom;ACS)と呼ばれています。ただし、すべてがこれら粥腫の崩壊に基づくものではなく、狭窄度が徐々に進行したもの、また日本では冠れん縮(冠動脈の血管平滑筋の過剰な収縮)によるものも少なくありません。
粥腫は動脈硬化により形成されます。動脈硬化は動脈が弾力性を失ってもろくなった状態で、年齢とともに徐々に進行しますが、人種差、体質や外的要因によっても進行度に違いがあります。粥腫はコレステロールエステルを中心とした脂質成分、線維などの細胞外マトリックス、平滑筋細胞やマクロファージなどの細胞成分からなります。

冠動脈の動脈硬化を進行させる因子を冠危険因子といい、遺伝的因子、高コレステロール血症、高血圧、喫煙、糖尿病、肥満、痛風、中性脂肪、運動不足、精神的ストレスなどがあげられます。つまり動脈硬化の危険因子がそのまま急性心筋梗塞の危険因子になります。

急性心筋梗塞は多くの場合、胸部の激痛、絞扼感(こうやくかん)(締めつけられるような感じ)、圧迫感、焼けつくような痛みが起こります。胸痛は30分以上持続し冷や汗を伴うことが多く、重症ではショックを示します。狭心症の場合には、この発作が数分で治まるのですが、30分以上経っても治まらない場合には心筋梗塞が疑われます。
胸痛の部位は前胸部、胸骨下が多く、下顎、頸部、左上腕、心窩部に放散して現れることもあり、しばしば背中や肩に放散します。 随伴症状として呼吸困難、意識障害、吐き気、冷や汗を伴う時は重症のことが多いとされています。心不全症状や末梢循環障害による四肢末端の冷感を訴えることもあります。
心筋梗塞の発作は、痛みのあるところを押しても痛みが変化せず、横になったり仰向けに寝たりなど体位を変えてみても痛みは変化しません。15分以上痛みが続き冷や汗や不快感などがある場合には、急性心筋梗塞を疑い、すぐに病院に行ってください。 狭心症の患者さんで、症状の程度がいつもより強くなったり、回数が頻回になったり、軽い労作で誘発されるようになった場合には、不安定狭心症や心筋梗塞に移行する可能性があるので、ただちに専門医を受診するのが安全でしょう。

胸痛を訴える疾患としては狭心症、急性心筋梗塞以外に急性心膜炎、急性心筋炎、大動脈弁狭窄症、急性大動脈解離、肺塞栓症、胸膜炎、気胸、肺炎、帯状疱疹、咳による筋肉痛、肋間神経痛、軟骨の炎症、逆流性食道炎、食道痙攣、消化性潰瘍、急性膵炎 、急性胆嚢炎、心因性 心臓神経症、不安神経症などがあります。
心筋梗塞以外の胸痛の部位として「胸骨辺縁の痛みや圧痛(押すと痛い)は、肋軟骨の炎症によることが多い」、「左乳房の下方の痛み「ズキズキ痛い」、「キリキリ痛い」は、神経痛が多い」、「皮膚や体表近くの限局し、指で押して起こる限局した痛みは心臓に由来する痛みの可能性が低い」、「患者が痛い場所を指させるような場合や、直径3cm未満の小さな場合は通常狭心症や心筋梗塞による胸痛ではない」、「下顎より上の痛みはめったにない。・臍より下の痛みはめったにない」等の特徴があります。

高齢者の心筋梗塞では特徴的な胸痛でなく、息切れ、吐き気などの消化器症状で発症することも少なくありません。また、糖尿病の患者さんや高齢者では無痛性のこともあり、無痛性心筋梗塞は15%程度に認められます。 65歳以上の113人の急性心筋梗塞の胸痛の有無を調べた結果では胸痛があるのは65~75歳で71%、75~85歳で50%、86歳以上で25%という報告があります。75歳以上の急性心筋梗塞の約50%以上は胸痛を伴わないのです。
しかも、胸痛のない急性心筋梗塞が軽症かというとそうではありません。「胸痛のある急性心筋梗塞」と「胸痛のない急性心筋梗塞」の心筋梗塞の大きさは同等であったと報告されています。急性心筋梗塞で「失神(一時的な意識消 失)」が起こった場合は、重篤な不整脈や低血圧が原因であり、「急死」の前兆であるので極めて重篤です。ただし、「失神」のほとんどは神経性(神経起因性)の低血圧によるもので、心筋梗塞とは関係しないことが多いことも付け加えておきます。失神のために救急室に来院した人のうち、心臓病による失神(心原性失神)は、全体の 5~10%といわれています。

心筋梗塞に陥った心筋は凝固壊死をおこし、横紋という筋肉の模様の消失、筋繊維の融解、心筋線維の波状化がみられ心筋線維の間に好中球が浸潤します。心筋梗塞の際に、心筋に生じる変化は発症直後にまずグリコーゲンを消耗し、やがて細胞質、特にミトコンドリアの浮腫が生じ、5時間後には心筋は伸長し、凝固壊死します。核ははじめ腫大しやがて消失します。
10時間後には間質への好中球の浸潤が盛んになり、心筋には wavy fiber patternが見られます。3週間後には好中球は消失し、壊死心筋組織が肉芽組織となって線維化します。したがって発症6時間以内、出来れば2-3時間以内に治療を開始して、つまった冠動脈を再開通する必要があるのです。もともと心筋は他の組織に比べて虚血に強い組織なのですがそれでも数時間も虚血が続くと壊死してもう回復はしないということです。

急性心筋梗塞合併症としては不整脈(洞房結節および房室結節は右冠動脈に支配されるので、右冠動脈すなわち下壁梗塞に合併することが多い、心筋壊死、心不全とそれに伴うアシドーシス、自律神経系の異常などによって誘発される。さらに不整脈が心不全を増悪させるという悪循環を形成します)、頻拍、心室性期外収縮(心筋壊死に伴なって心筋自動能の亢進・伝導障害・再分極・交感神経の刺激亢進などが生じ、これらが心室性期外収縮に由来する頻拍を招きます。
しばしば壊死部が原発部位となります)、心室細動、徐脈、洞性徐脈(洞房結節への血流障害に起因)、伝導障害(下壁梗塞も前壁梗塞もともに伝導障害をきたしえます。しかし左冠動脈前下行枝はHis束をはじめ左脚や右脚を栄養しているので、下壁梗塞に合併する房室ブロックに比べて重篤な不整脈を伴ないやすいです)、房室ブロック(右冠状動脈が閉塞した場合は、洞房結節の虚血による徐脈や房室結節の虚血による房室ブロックが生じます)、右脚ブロック(右脚は左冠動脈の前下降枝 LADに支配されるから、前壁梗塞によって発症します)、心臓性肺水腫(左心不全によって左心が血液を駆出できないと、肺の鬱血により肺毛細管圧が上昇し、肺水腫を招きます。症状としては起坐呼吸や心臓喘息などの呼吸困難が現れます)、心原性ショック(心拍出量が急激に減少したために全身の循環不全が生じます)、脳血流の減少による脳梗塞、急性尿細管壊死による急性腎不全、心破裂(初回の貫壁性梗塞や高血圧を基礎に持つ症例に生じやすく、経過が急激であるため救命は困難です)、心筋梗塞後症候群、Dressler症候群(貫通性梗塞の場合に、壊死細胞由来の自己抗体に対する免疫応答が生じ、線維素性心外膜炎を生じたものです)、心室瘤(梗塞を起こした心室壁が心内腔からの圧力によって外方へ膨張したもの)、脳塞栓(特に前壁梗塞や左心室内血栓が見られる場合には発症の危険が高くなります)、乳頭筋不全(下壁梗塞後に僧帽弁の腱索が断裂し、乳頭筋不全によって僧帽弁閉鎖不全症となります。心筋梗塞後から3~5日目頃に生じやすいです)、心室中隔穿孔(前壁梗塞に生じやすく、心室中隔欠損と同じ病態となります)などがあります。

このうち心破裂の危険因子は高血圧の持続をはじめ高齢者・ST再上昇・胸痛などであり、しばしば仮性瘤 pseudoaneurysm を形成します。心膜腔に出血すると心タンポナーデで、急激に血圧が低下して意識を消失します。左室の自由壁破裂に続発することが多いです。心嚢内に出血すると心嚢血腫 となります。

急性心筋梗塞の検査としては心電図、心臓超音波検査(エコー)、心臓カテーテル検査、血液検査、心筋シンチグラフィー、冠動脈造影CT検査などがあります。心電図 (ECG) の所見としては ST上昇や異常Q波が特徴的であり、これがどの誘導肢に現れるかで梗塞部位や責任血管部位の診断が行えます。ミラーイメージとしてST低下もみられ、急性期のhyper acute T は臨床所見と組み合わせて判断されます。
心臓超音波検査は、ごく軽度の心筋梗塞を検出する上で心電図や血清生化学検査に勝る最も有用な検査であり、心筋の壁運動低下を検出することにより診断します。

心エコー図により最も早期に検出されます。心電図変化が乏しい、あるいは判定困難な症例では特に有用です。大動脈基部の観察により、大動脈解離による冠動脈閉塞の鑑別も可能です。また合併症としての乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、心破裂の評価ができます。
ただし、心尖部や下壁に限局した梗塞の場合など、明らかな壁運動異常(asynergy)を検出しにくい場合もあります。さらに副側血行路がある場合、壁運動異常(asynergy)を呈さず、心電図も異常を示さず診断が困難になる場合も多々あります。心筋梗塞による MR(僧帽弁閉鎖不全症)の有無の診断にも役立ちます。三尖弁の圧格差(TRPG)を計測することで肺動脈圧を推定することが可能であり、心不全の評価にも役立っていいます。すでに壁運動低下部位が薄くなって輝度が亢進していればそれは陳旧性病変です。

心臓カテーテル検査は直接冠動脈を造影して狭窄血管部位を特定します。この部位の数や場所によって治療方法が決定されます。

心筋シンチグラフィーは心筋梗塞はないか、血流の少ないところはないか、心筋は正常に動いているか、心臓の働きを果たしているかなどを調べる検査です。シンチグラフィとは、体内に投与した放射性同位体から放出される放射線を検出し、その分布を画像化した画像診断法の一つです。

冠動脈造影CTは64列マルチスライスCT (MDCT) による冠動脈病変の評価が可能となっています。心臓カテーテル検査よりも簡便で、入院や複雑な合併症なども少ないため、今後は多用される可能性が高いです。ただし、心拍数や不整脈の影響を受ける、ステント内部の評価が困難であるなど、まだ万人の評価が可能とは言えず、今後の技術的発展が待たれます。

血液検査でトロポニンTとIは非常に特異度が高く、発症3時間以上経過した心筋梗塞の診断に役立っていいます。H-FABP(=Heart-type fatty acid-binding protein心臓由来脂肪酸結合蛋白)はより早期(約1時間半)で、感度、特異度の高くなっています。
ただし腎不全患者などでは心筋のダメージと関係なくTnT、H-FABPともに陽性になることがあることが知られていまする。CK-MBは心筋特異性高く。また心筋の障害の程度を反映します。特異的でないが必ずみられる所見として、AST(GOT)、LDH、CK、白血球、ミオシン軽鎖 の上昇があり、それぞれ上昇し始めた時期は発症時間の予測に役立ちます。
一般的な血液検査で異常を来す時間は、白血球 2〜3時間、CK 2〜4時間、AST 6〜12時間、LDH 12〜24時間、CRP 1〜3日、ESR 2〜3日です。しかし、いずれの酵素も心筋梗塞の発症から血液中で上昇を始めるまでには時間的にずれがあり、いちばん早く上昇するとされるCK、トロポニンTでも血液中で上昇してくるのは発症3時間後ぐらいからです。したがって、発症直後であればたとえ心筋逸脱酵素が上昇していなくても、急性心筋梗塞を否定することはできず、必要があれば時間を追って繰り返し測定しなければなりません。発症早期にはミオグロビンの測定が有用ですが、心筋特異性が低いのが欠点です。

心筋梗塞は、心筋に対する相対的・絶対的酸素供給不足が原因であり、治療としてまず安静にして酸素吸入を行います。また鎮痛および体の酸素消費低下目的で、モルヒネを投与する場合もあります。急性期には心筋梗塞の病巣拡大を防ぐことが最大の目的となります。一般的に「アスピリン内服」「酸素吸入」「モルヒネ」「硝酸薬」などが中心に行われ、Morphine, Oxygen, Nitrate, Aspirinの頭文字をとって「MONA(モナー)」という名称で心筋梗塞のFirst Aidとして知られています。

発症6時間以内の心筋梗塞の場合、積極的に閉塞した冠動脈の再灌流療法を行うことで、心筋の壊死範囲を縮小可能です。これに限らず、発症から24時間以内の症例では、再灌流療法を行う意義が高いとされています。大別してカテーテル的治療 (冠動脈インターベンションPTCA, PCI;カテーテル検査に引き続いてバルーンによる拡張術やステントを留置する方法)を行う場合と、血栓溶解療法 (PTCR;静脈ないし冠動脈から血栓を溶解させる薬物(組織プラスミノーゲンアクチベータ)を注射する方法)があり、国により、保険により、また施設の設備や医師の技術、判断により治療方針が分かれていることがあります。
血栓溶解療法には出血性合併症の問題があり、血栓が溶けても高度の狭窄病変が残ることも多く、日本ではインターベンション治療が一般的に行われています。発症6時間以内であれば、再灌流療法により心筋壊死の範囲を狭くすることが可能とされ、一般的には12時間以内がインターベンション治療の適応とされています、日本では、PCIの可能な施設も多く、急性期であればPCIが行われることが多くなっています。
成功率が90%以上で、緊急再還流療法の主流です。再狭窄率が40%と高いですが、ステント留置により再発率が20~30%に改善しています。ただし、動脈を介した検査・処置であることから合併症も多く、特に心電図上STの上昇が見られた場合、如何に早くPCIを行うかが重要ですが、救急搬入後直ちに同療法を行える体勢を取っている病院は、心臓病治療の先進国である米国でも僅かです。

再潅流療法の適応となるのは①発症後6時間以内のもの(4時間以内が望ましいが側副血行路の発達している症例では多少時間が経過していても、梗塞巣の拡大防止が期待できる)、②6時間以上経過していたり、発症時間がはっきりしない時でも胸痛が持続している場合や、Q波を伴わないST上昇部位が残っている場合、③心電図所見がはっきりしない場合でも、亜硝酸剤にて消失しない30分以上持続する心筋梗塞を示唆する胸痛を有する場合などです。
狭窄部位が3つ以上であった場合などに、緊急冠動脈大動脈バイパス移植術 (CABG) が行われる施設もあります。多枝病変、左主幹部病変、複雑病変に対して5~10年以上のQOLの回復が可能です。PCI と CABG を比較すると PCI では25〜30%再狭窄を来すとされていたため、1枝病変であってもCABGに優位性があるという説もあります。しかし、2004年から薬剤溶出性ステント (drug-eluting stent, DES) が保険適応となり、PCI の成績向上が期待されています。CABGは当然ながら心臓血管外科のある施設でしか行えません。

急性期にインターベンションが成功すると、比較的予後は保たれることが多いです。安定期には安静、内服加療が中心となり、疾患の特徴上糖尿病、高血圧、高脂血症などが併存することが多いため、これらに対する検査・治療、患者教育などが中心となります。心筋梗塞後には、生命予後の改善効果が示されているACE阻害薬ないしアンジオテンシン受容体阻害薬を投与されます。
さらにβ(ベータ)遮断薬も死亡率を減少させることが明らかにされています。ただし、日本人には血管けいれんによる狭心症も多く、β遮断薬の使用には注意が必要です。日本ではカルシウム拮抗薬もβ遮断薬と同等に有用とされています。退院前には生活習慣を是正して、必要があればコレステロール低下薬(スタチン製剤)などを服用して、長期予後の改善を図る必要もあるでしょう。

陳旧性心筋梗塞

陳旧性心筋梗塞の定義ですが、発症から3日以内の心筋梗塞を急性心筋梗塞と呼ぶのに対し、発症から30日以上の心筋梗塞を陳旧性心筋梗塞と言います。発症から30日以内のものは亜急性心筋梗塞といいます。したがって幸にして急性期を乗り越えることが出来た心筋梗塞の患者さんは陳旧性心筋梗塞としての治療を受けることになります。心筋梗塞は、いったん発病すると傷あとの残る病気ですから、広い範囲の心筋がこわれると、一生病気が続いているつもりで生活しなければなりません。
心筋の壊死部分は線維化・修復され、安定状態になります。しかし心電図では異常Q波と陰性T波がみられます(狭心症では労作型でも安静型でも胸痛発作時にはSTといわれる部分の低下を、急性心筋梗塞ではST部分の上昇とそれに次ぐQ波と呼ばれるものの出現、T波といわれる部分の陰性化がみられます)。

陳旧性心筋梗塞では残った心筋には負荷がかかり心臓が肥大するため、慢性心不全の原因となります。陳旧性心筋梗塞では、その後心臓の働きが低下して心不全を起こしたり、別の部位の冠動脈の閉塞(再梗塞)が起こって命を落とすこともあります。したがって、心筋梗塞をきたした場合は出来るだけ早くカテーテルによる診断と治療を行うことが必要です。心筋梗塞後の慢性期になると、障害を受けた大きさに合わせて心臓のポンプ機能が低下し、日常生活の活動性、余力を低下させます。
つまり、運動などで心臓に負担がかかるとすぐに疲れてしまう、息切れがしてしまうなど、心不全の症状があらわれるようになります。また、心筋梗塞が起こった場所では、まれに心臓の壁が瘤のように膨らんでしまうことがあります(心室瘤)。これにより、心不全傾向に陥ることがあります。また、心室瘤にならなくても、心臓が拡張して(心拡大)、僧帽弁の機能不全(閉鎖不全症)に陥り、心不全に拍車をかけ重症心不全になることもあります。このような病態は虚血性心筋症と最近は呼ばれており、難治性の病態として治療方法が盛んに検討されています。

心筋梗塞は発病の初期(急性期)が過ぎると、ほとんど症状がなくなりますが、一部の人は、狭心症の発作が続いたり、運動したとき息切れや動悸が起こったり、むくみが出ます。このような症状のある人は、主治医の指導の下で狭心症の薬や不整脈の薬、強心薬、利尿薬などを続けて服用し、症状のない人でも再発に備えて、ニトログリセリンだけは必ず持っているように心掛けます。

心筋梗塞の予防策ですが、心筋梗塞は生活習慣病と言われています。生活習慣や食習慣を見直し、肥満を防ぎ、規則正しい生活を送ることが大切です。塩分をとり過ぎると高血圧を招き、肉や卵などのコレステロールの多い食生活は動脈硬化を招きます。塩分を控えるとともに、コレステロールの吸収を妨げ蓄積を防ぐ野菜や海藻類など、繊維質の多い食品をとるようにします。
また、激しい運動は心臓に負担がかかるため危険ですが、適度な有酸素運動を行うと、血圧が下がる、高脂血症や動脈硬化を防ぐ、ストレス解消になるなどの効果が期待できます。睡眠不足も心臓病の危険因子の1つであるという研究報告があり、心身の疲れをとりストレスをためないためにも睡眠は十分にとることが大切です。また、たばこを吸うと、血圧や脈拍が上がり、血流が悪くなるので、動脈硬化になりやすいなど、心臓病のリスクが高くなることが知られています。

早朝5時より午前9時ごろまでが、急性心筋梗塞が起こり易い「魔の時間」と呼ばれておりますので、寒い冬の朝には注意(室温を暖かく)しましょう。生活習慣改善のポイントとして、①毎日朝食を食べること、②バランスの良い食事、腹八分目を心がけること、③塩分は一日の摂取量を10g以内にすること、④間食をしないこと、⑤アルコールの飲み過ぎに気をつけること、⑥適正体重を維持すること、⑦禁煙すること、⑧適度な運動をすること、⑨睡眠、休養をしっかりとり、ストレスをためないようにすること等が挙げられると思います。

以前は動脈硬化が進行し、冠動脈が狭窄して心筋梗塞になると考えれていましたが、現在では図のように冠動脈の狭窄率が少ない病変でも心筋梗塞を高頻度に起こすことが知られるようになり、とにかくコレステロール値の低下、血圧の上昇抑制、糖尿病のコントロールなどが重要とされ、無症状の時から積極的にこうしたことへの治療が必要とされています

心不全

心臓の働きが不十分だと、まず心臓拍出量を維持する仕組みが働き、拍出量の低下が抑えられるものの、体のいろんな部分に負担がかかり、症状が出現します。心不全とは病名ではなく、「心臓の働きが不十分な結果、起きた体の状態」をいいます。もちろん心臓の働きのうち、どの働きがどの程度低下しているのか、その低下が急に起こってきたのか(急性心不全)、徐々に起こってきたのか(慢性心不全)によって、心不全の種類や程度はさまざまです。
それは心不全をきたす原因は一つではないからです。心筋梗塞や心臓弁膜症など、あらゆる心臓病はもちろん、例えば高血圧で長年、心臓に負担がかかっている場合などでも、しだいにその働きが落ち心不全の原因となります。心不全は現在、欧米ではトップの頻度の疾患で1,000人当たり7.2人とされています。生活習慣の欧米化が進む日本でも、ほぼ同程度に迫っていると思われます。このうちの約50%が、狭心症や心筋梗塞が原因となっています。

ポンプの働きが落ちると、心臓が送り出す血液の量(心拍出量といいます)は少なくなります。その程度はまちまちで、当然ながら少なくなりすぎると生命にかかわりますが、ここでは軽い場合を考えてみましょう。人間の体はその危機に対応して、心拍出量の低下をくい止める手立て、つまりバックアップ(代償)機構を備えています。この機構は、少し弱った心臓でも、十分な血液を送り出すためにポンプの中の血液を増やして送り出す血液量を保ちます。
その結果、心臓が拡大する(このポンプは多くの血液がかえってくるほど、多くの血液を送り出せる能力をもっている)、1回の拍出量が減った分、拍出回数(脈拍数のこと)を増やすなどの働きをします。こうした代償機構がうまく働いておれば、まず生命への危険はありません。

ではポンプの中の血液をどう増やすのでしょうか。その手だては二つあります。全身の血液量は一定でも、手足の血管を収縮させて、その分、心臓や肺をめぐる血液を増やすのが一つ。もう一つは、全身の血液量自体を増やす方法です。この目的のために体の中では複雑な指令系統が作動することになります。
心臓の拡大や脈拍数の増加、さらに指令系統の指令にもとづく全身の変化は、心拍出量が減るのを防ぐために一時的には有効です。しかし、長期的にはかえって心臓の負担となり、心臓の働きはますます低下し、はっきりと症状になって表れます。一般的には、症状が出る前から、水面下では病気は進行しています。「昨日まではまったく元気だったのに」ということでは、決してないのです。

心不全の症状は、主にうっ血によるものです(うっ血性心不全)。左心と右心のどちらに異常があるかによって、体循環系と肺循環系のどちらにうっ血が出現するかが変わり、これによって症状も変化します。このことから、右心不全と左心不全の区別は重要ですが、進行すると両心不全となることも多くあります。
また、治療内容の決定に当たっては、急性と慢性の区別も重要で前者に当てはまるのは例えば心筋梗塞に伴う心不全であり、後者に当てはまるのは例えば心筋症や弁膜症に伴う心不全です(念のため付け加えると、急性心不全が終末期状態としての心不全を指しているわけではなく、急性心不全は治療により完全に回復する可能性があります)。

①血液を送り出す能力の低下による症状;心拍出量が減ったのが原因で、「疲れやすい」「だるい」「動悸がする」など。

②血液のうっ滞によって起こる症状;血液を送り出す能力が低下すると、心臓から前方へ血液が進みにくくなり、心臓の後方、血液を受け取る側で血液のうっ滞が起こります。肺に血液うっ滞が起こると、息苦しさを生じ、体の各部分にうっ滞が起こるとむくみが生じます。肝臓に血液がうっ滞すると、とくに食後におなかがはったり、鈍痛をおぼえたりする場合もあります。肺は酸素を取り込み、二酸化炭素を体外に出す重要な働きをしながら、たくさんの血液を直接、心臓へ返しています。心臓のポンプ機能が低下すると肺に多くの血液がうっ滞し、血液のガス交換がうまくいかなくなります。この時の症状は、酸欠状態をイメージしてもらえばわかるように、「息苦しい」という訴えになります。

こうした症状の出方は、心不全の重症度によって異なってきます。心不全が進行してくると、あお向けになって寝るとセキが続いたり、息苦しく、体を少し起こすと楽になったりします。患者さんは、風邪をひいたのではないかと思うようです。さらに進むと、夜、突然、息苦しくなって目が覚め、起き上がっても回復にしばらく時間がかかるようになります。この時、しばしば、喘息のようにヒュウヒュウ音がします。これは、すぐにも入院治療が必要な重篤な状態です。坂道を上ったり重い物を持ったりすれば息苦しくなる、体を少し起こすと楽になる等の症状が出現します。風邪、過労、ストレスが引き金になって急性心不全が起こることがよくあります。また、急性心不全が原因不明の突然死の原因になることも考えられます。

一般に急性心不全の時は、入院を必要とすることが多く、安静が必要で、酸素吸入を行ったり、一時的に心臓の働きを高める薬を使ったりします。また、運動制限が必要ですが、安定期には、逆に負担にならない程度の適当な運動も必要です。高血圧は心臓の負担になるだけでなく、心臓の筋肉の質的劣化をきたしますから、そのコントロールは極めて大切です。
狭心症や心筋梗塞が原因であれば、冠動脈に風船(バルーン)を入れて膨らませ、この動脈の流れをよくする風船治療や、冠動脈バイパス手術などが、心臓弁膜症では弁を人工弁と取り替える人工弁置換術などが必要になります。しかし、こうした治療も、すでに心臓の働きがかなり低下している場合は、効果に限界があります。
拡張型心筋症という心臓の筋肉自身の病気の時は、原因は不明で根本的な治療法はありません。しかし、その原因がなんであれ、心不全の状態を少しでも改善する治療法は飛躍的に進歩してきました。
慢性心不全の薬による治療としては、体内の余分な水分を取り除く「利尿剤」、心臓の働きを手助けする「ジギタリス剤」、心臓にかかる負担を軽くするアンギオテンシン変換酵素阻害剤などの「血管拡張剤」、長期的には心臓に障害を与えやすい神経やホルモンの作用を抑制する「ベータ遮断剤」などがあります。

脳梗塞

脳梗塞の原因は、脳の血管に発生する動脈硬化により血管が詰まってしまう場合と、心臓病により心臓で血栓ができてそれが血流にのって脳の血管に詰まる場合があります。その中でも、脳梗塞の原因のほとんどは動脈硬化によるものです。他にも脳梗塞の原因として、加齢、体質、喫煙、飲酒、感染症、ストレス、性格、運動不足なども関係しています。
血管が閉塞する機序によって血栓性・塞栓性・血行力学性の3種類に、また臨床分類としてアテローム血栓性脳梗塞・心原性脳塞栓・ラクナ梗塞・その他の脳梗塞の4種類に分類されます。

脳梗塞は脳軟化症とも言われますが、脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になる事です。脳細胞が壊死して溶けてしまうことから脳軟化症とも言われるわけです。

①アテローム血栓性脳梗塞

動脈硬化によって動脈壁に沈着したアテローム(粥腫)のため動脈内腔が狭小化し、十分な脳血流を保てなくなったものです。また、アテロームが動脈壁からはがれ落ちて末梢に詰まったものもアテローム血栓性に分類されます。アテロームは徐々に成長して血流障害を起こしていくことから、その経過の中で側副血行路が成長するなどある程度代償が可能で、壊死範囲はそれほど大きくならない傾向があります。また、脳梗塞発症以前から壊死に至らない程度の脳虚血症状(一過性脳虚血発作、TIA)を起こすことが多く、このTIAに対する対処が脳梗塞の予防において重要です。

リスクファクターは、喫煙、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧などです。予防は、抗血小板薬(アスピリン・チクロピジン・クロピドグレル・シロスタゾール・ジピリダモールなど)によってアテロームの成長を抑制すること、高血圧・糖尿病・脂質異常症は原疾患に対する加療・コントロールを行うこと、また飲水を心がけて血流を良好に保つことなどです。

アテローム血栓性脳梗塞もいくつかの機序によって起こることが知られています。一般的に血栓症は動脈硬化による閉塞です。心筋梗塞の場合はプラークの破綻によって急激に冠動脈が閉塞する場合がほとんどですが脳梗塞の場合はいくつかの機序が知られています。

まずは心筋梗塞と同様にプラークが破綻する場合があります。粥腫に富み、線維性皮膜が薄い場合は不安定プラークといい、こういったプラークは容易に破綻し、血栓による動脈閉塞をおこします。血管が閉塞、狭窄するとその灌流域が血液途絶を起こし皮質枝梗塞を起こします。狭窄部が急激な血管閉塞を起こすと心原性脳塞栓と類似した脳梗塞が発生します。こういったことは頭蓋外の内頸動脈や頭蓋内の脳主幹動脈に多いです。

また、血管の閉塞や高度の狭窄によって血液供給の境界領域(watershed、分水嶺の意味)が乏血状態となり、さらに血圧低下などの血行動態的要因が加わり梗塞が生じます。こういったことは中大脳動脈や内頚動脈に多く、内頚動脈に高度狭窄があり、支配領域の脳血流量低下を伴っている場合には、表層前方では前大脳動脈・中大脳動脈皮質枝の境界、後方では中大脳動脈・後大脳動脈皮質枝の境界領域が最も乏血状態に陥りやすいので梗塞をきたしやすくなります。深部では中大脳動脈皮質枝と穿通枝の境界領域に起こりやすいです。この機序によっておこる場合は発症後段階的階段状の進行、悪化が見られます(progressive stroke)。

発症時間は夜に多く、起床時に気がつくことも多いです。もともと極めて慢性に進行してきたと考えられ、こういった梗塞をおこす患者は側副血行路が豊富にある場合が多く、代償が可能な間は臨床症状が乏しいこともあります。他には動脈硬化が原因の脳梗塞としてartery to artery embolism(A to A)というものがあります。内頚動脈や椎骨動脈のアテローム硬化巣から血栓が遊離して末梢の血管を閉塞します。
皮質枝にも穿通枝にも塞栓を起こしえます。心原性脳塞栓と同様活動時突発性発症が見られやすいです。画像上は典型的には皮質枝、即ち大脳皮質にMRI拡散強調画像 (DWI) で高信号域を認め、散在性小梗塞巣といった形を取りやすいです。もちろん小型というのは他のアテローム血栓性脳梗塞よりはということでラクナ梗塞よりは大型の病変となります。

アテローム硬化には好発部位がああり、基本的には日本人には中大脳動脈に多いです。しかし近年は欧米と同様、頸部内頸動脈の起始部に最も多くなっています。他の好発部位としては内頚動脈サイフォン部、椎骨動脈起始部、頭蓋内椎骨動脈、脳底動脈があります。

脳卒中の中でも患者数がいちばん多いのが脳梗塞で、症状は徐々に進行して増強してくるものから突然に完成するものまで千差万別です。ただし、塞栓性のものは突然に完成することが多いです。発症時間で最も多いのが夜間から早朝にかけてです。
これは、就寝中には水分をとらないために脱水傾向になることと関わっています。年間を通じては夏と冬に多く、夏は脱水、冬は体を動かさなくなることが発症と関わっています。

気付かれる症状として最も多いのが麻痺です。体が傾いている、立ち上がれなくなったなどの訴えで病院に搬送されてくることが多いです。逆に、失語のみなどの一見奇異な症状では脳梗塞だと気づかれず受診が遅れることもあります。

急性期;
脳梗塞の症状は急性期にもっとも強く、その後徐々に改善していきます。これは、壊死に陥った脳組織が腫脹して、周囲の脳組織も圧迫・障害していることによります。腫脹が引いていくとともに、周囲の組織が機能を回復して症状は固定していくのです。ただし、腫脹や、壊死組織から放出されるフリーラジカルは周囲の組織をも壊死させる働きがあるためこれらを抑制することが機能予後の向上につながります。急性期は血圧が高くなります。場合によっては(収縮期血圧で)200mmHgを超えることもあります。これは、虚血部位に対して血流を送り込もうという生理的な反応であり、無理に降圧を図ってはいけません(降圧しすぎると、梗塞範囲を広めるおそれがある)。降圧薬、不用意な頭位挙上は脳循環血流を悪化させ、再発や症候増悪をおこします。症状が安定するまで少なくとも24時間はベッド上安静とします。

亜急性期;
軽症から中等症のものであれば、数日で脳の腫脹や高血圧は落ち着き、場合によってはほとんど症状が消失するまでに回復します。ただし、ある程度大きな後遺症が残った場合にはリハビリテーションを続けても発症前と同レベルまで機能を回復するのは非常に困難です。慢性期;原因にもよりますが、脳梗塞の既往がある人の脳梗塞再発率は非常に高いです。そのため再発予防のための投薬を受け続ける必要があります。また、長期の後遺症としててんかんやパーキンソニズムを発症することがあります。
脳梗塞は、壊死した領域の巣症状(その領域の脳機能が失われたことによる症状)で発症するため症例によって多彩な症状を示します。そして症状から責任病巣をある程度決定することができます。

片側の麻痺;
通常は身体一側の脱力、不器用さ、または重い感じを示します。麻痺は運動の障害を意味し、もっとも頻度の高い症状が麻痺です。中大脳動脈の閉塞によって前頭葉の運動中枢が壊死するか、脳幹の梗塞で錐体路が壊死するかで発症します。多くの場合は、片方の上肢・下肢・顔面が脱力または筋力低下におちいる片麻痺の形をとります。ただし、脳幹梗塞では顔面と四肢で麻痺側が異なる交代性麻痺を来すこともあります。

一側のしびれ感;
通常、身体一側の感覚鈍麻、異常感覚で感覚線維、または頭頂葉の感覚中枢が壊死することで出現します。感覚の鈍化または消失が起こるほか、慢性期には疼痛が出現することがありQOLへの影響が大きいです。

言語障害;
言語了解や発語の障害(失語症)や不明瞭な言語(構音障害)。喉頭・咽頭・舌の運動にも麻痺や感覚障害が及ぶことで嚥下や発声機能にも障害が出現します。構音障害は失語とは違い、脳の言語処理機能は保たれながらも発声段階での障害のためにコミュニケーションが不十分となっているものです。嚥下障害は、摂食が不十分となって社会復帰を困難にしたり、誤嚥によって肺炎の原因となるなど影響が大きいです。嚥下・構音障害を起こすような咽頭・喉頭機能の障害は脳幹の延髄の障害に由来することから球麻痺と呼ばれます(延髄は球形)が、より上部から延髄へいたる神経線維の障害でも類似した症状がみられるため、これは仮性球麻痺と呼ばれます。

片側の失明;
痛みのない一眼の視力消失、しばしば「カーテンがさがる」と表現されます。

めまい;
安静時に持続するぐるぐる回転した感じのことで、めまいのみでは非血管性の疾患のありふれた症状です。したがって少なくとももう1つの一過性脳虚血発作あるいは脳梗塞の症状も存在することが必要です。

失調;
平衡機能の悪化、歩行時のつまづき、よろめき、身体一側性の協調運動障害です。小脳または脳幹の梗塞で出現し、巧緻運動や歩行、発話、平衡感覚の障害が出現します。これに関連してめまいが出現することもあります。これらの症状が認められた場合は早期に医療機関の受診が望まれます。

意識障害;
脳幹の覚醒系が障害された場合などに意識レベルが低下するほか、広範な大脳皮質の破壊でもみられます。それがなくても、急性期に脳の腫脹などによって全体的に脳の活動が抑制され、一過性に意識レベルが下がることがあります。ラクナ梗塞で意識障害を来しにくいのは、梗塞範囲が小さいため腫脹など脳全体への影響が小さいことによります。

高次脳機能障害;
失語や失認をはじめとした高次機能障害の出現することがあり、これは非常に多彩です。

②脳塞栓症

心臓で発生した血栓が血流にのって脳の血管で詰まって起こる脳梗塞のことを脳塞栓症といいます。脳血管の病変ではなく、より上流から流れてきた血栓(栓子)が詰まることで起こる脳虚血です。それまで健常だった血流が突然閉塞するため、壊死範囲はより大きく、症状はより激烈になる傾向があります。また塞栓は複数生じることがあるので、病巣が多発することもよくあります。

原因として最も多いのは心臓で生成する血栓であり、不整脈(心房細動)に起因する心原性脳塞栓が多いです。非弁膜症性心房細動が全体の約半数を示し、その他に急性心筋梗塞、心室瘤、リウマチ性心疾患、人口弁、心筋症、洞不全症候群、感染性心内膜炎、非細菌性血栓性心内膜炎、心臓腫瘍などが含まれます。
このほか、ちぎれた腫瘍が流れてきて詰まる腫瘍塞栓や脂肪塞栓・空気塞栓などもこれに含まれるますが、稀な原因といえます。。シャント性心疾患(卵円孔開存)なども原因となり、これらは奇異性脳塞栓症といわれます。

脳塞栓症では高率に(30%以上)出血性梗塞を起こしやすくなります。これは閉塞後の血管の再開通によって、梗塞部に大量の血液が流れ込み、血管が破綻することによりおきます。心原性塞栓症の際に抗血小板療法や抗トロンビン療法が禁忌である理由はこれを起こさないためです。心房細動は無症状のことも多く心機能もそれほど低下しないため、特に無症状の場合は合併する脳塞栓の予防が最も重要となります。
心房が有効に収縮しないため内部でよどんだ血液が凝固して血栓となり、すぐには分解されないほどの大きな血栓が流出した場合に脳塞栓の原因となります。特に流出しやすいのが心房細動の停止した(正常に戻った)直後であるため、心房細動を不用意に治療するのは禁忌です(ただし、心房細動開始後48時間以内なら大きな血栓は形成されておらず安全とされています)。

予防には抗凝固薬(ワルファリン)を用います。抗血小板薬と併用することで予防効果が高まるという明確な根拠はなく、現在は抗凝固療法単独の治療が行われています。但しワルファリン(ワーファリン)はその効果をコントロールするために採血を頻回にして服薬量を調節しなければなりませんし、食事摂取の内容で効果が影響を受けるのが最大の問題です(例えば納豆などを食べるとワルファリンの効果は著減します)。非弁膜性心房細動が最も心原性脳塞栓のリスクとなりますが、心臓超音波検査を行うことでさらに詳細な評価を行うことができます。

塞栓源として重要な所見としては左心耳内血栓、卵円孔開存(PFO)、心房中隔瘤、心臓腫瘍、大動脈弓部複合粥腫病変などがあり、これらは軽食道心エコーでの検出率が高くなります。卵円孔開存(PFO)は一般剖検で20%ほど認められる所見で右左シャントとなり静脈で形成された血栓が左室系に流出することで脳梗塞を起こします。
これは奇異性脳塞栓症といい若年者脳梗塞や原因不明の脳梗塞で頻度が高いです。発症様式で塞栓性が疑われるが心房細動もなく、内頚動脈に有意病変が認められない場合は大動脈源性脳塞栓を疑い大動脈弓部複合粥腫病変を検索します。

脳梗塞の急性期には、腫脹とフリーラジカルによって壊死が進行することを阻止するのが第一となり、再梗塞も予防する必要があります。そのため、血栓性とみられる場合には抗凝固薬を用いながらグリセリン(グリセオール)やマンニトール等で血漿浸透圧を高めて脳浮腫の軽減を、発症24時間以内にエダラボン(ラジカット)でフリーラジカル産生の抑制を図ります。またペナンブラ(penumbra)と呼ばれる虚血部位と正常部の境界部位の血流保持も図られます。
rt-PAは発症3時間以内の全ての病型に適応があります。しかし禁忌や慎重投与といった項目もあり注意が必要で、0.6mg/Kg(最大60mg)の10%をボーラス投与し、残りを1時間かけて点滴します。アテローム血栓や塞栓症の場合、発症直後(3時間以内)であり、設備の整った医療機関であれば血管内カテーテルによってウロキナーゼを局所動脈内投与する血栓溶解療法が可能です。しかしMCA領域の1/3以上にCTで病変が認められるときは行いません(MRIは施行する必要はない)。

また出血のリスクの評価として既往歴、血小板数、PT-INR<1.7あたりを指標とします。高血圧は出血のリスクとなりますが、静注時に185/110以下にコントロールできていれば問題はないと考えられていいます。しかし心原性脳塞栓症の場合は抗血小板療法の治療適応はなく、t-PAの適応ではなく発症後24時間以上経過していればヘパリンの投与を開始します。ヘパリンの使用は出血の合併の有無によっても異なるが5000 – 10000単位/dayの低用量の使用も多いです。つまり心房細動があれば積極的にワーファリンを服用していなければいけないということになります。

③ラクナ梗塞

ラクナ梗塞は本来、直径1.5cm以下の小さな梗塞を意味します。穿通枝領域に病変があり、皮質は病変に含まれません。無症候性ラクナ梗塞と慢性虚血性変化の区別が難しく古典的には無症候性ラクナ梗塞はラクナ梗塞に含まれません。主に中大脳動脈や後大脳動脈の穿通枝が硝子変性を起こして閉塞するという機序によっておこります。ただし中大脳動脈穿通枝のうち、レンズ核線状体動脈の閉塞では、線状体内包梗塞と呼ばれる径20mm以上の梗塞となることがあり、片麻痺や感覚麻痺・同名半盲などの症状が現れることもあります。後大脳動脈穿通枝の梗塞では、ウェーバー症候群やベネディクト症候群(赤核症候群)を起こすことがあります。

ラクナ梗塞の原因は、高血圧により細い動脈に発生する動脈硬化が最大の原因です。ラクナ梗塞が発症することが多いのは、安静時で、特に睡眠中です。また、朝起きた時にも起こることが多くあります。高血圧は、血管の内側の壁に強い圧力を加えます。そのために血管の内側の壁が傷ついて、どんどんと硬くもろくなってしまい、動脈硬化が発症してしまうのです。動脈硬化が起こると血管の血液が通る部分が狭くなってしまい、血流がとだえて、脳梗塞になってしまうのです、

ラクナ梗塞は、他の種類の脳梗塞と違い、大きな発作が起こることはありません。そして、発作がない状態のまま、ラクナ梗塞が脳のいろいろなところに発生して、少しずつ症状が進行していく場合もあります。ラクナ梗塞の症状は「ラクナ症候群」といい、運動麻痺やしびれなどの感覚障害が主に起こります。症状は片麻痺や構音障害などですが、軽度または限定されたものであることが多く、まったく無症状であることも多くあります。意識障害を認めることはほとんどなく、失語症、半側空間無視、病態失認といった神経心理学的な症候(皮質症候)も通常は見られません。

多発性脳梗塞とよばれるもののほとんどはこのラクナ梗塞の多発であり、多発することで言語障害、歩行障害、嚥下障害などの症状や、認知症(痴呆:ちほう)・パーキンソニズム(脳血管性パーキンソン症候群)の原因となることがあります。
多発性脳梗塞になると、ラクナ梗塞であるのかアテローム血栓性脳梗塞であるのかは、鑑別が難しくなることもあります。特徴としては感覚障害と麻痺が同時に存在しないタイプがラクナ梗塞ではありえるといえます。無症候性脳梗塞は高齢者に多く見られ、糖尿病、高血圧、高脂血症などがあると発症する確率が高くなります。

ラクナ梗塞の慢性期治療における抗血小板薬の使用法に関しては議論が多くあります。高血圧といったリスクファクターの除去が重要なのは言うまでもありませんが、ラクナ梗塞の再発予防に関して明確なエビデンスがあるのはシロスタゾール(プレタールなど)だけです。
慣習としてアスピリンで治療されることも多いです。微小脳出血(CMB)が認められると抗血小板薬の投与は出血のリスクになるため避けられる傾向があります。微小脳出血の検出にはMRIのT2撮影がよく用いらます。

脳出血

頭蓋内の出血は総称して一般的に脳出血または脳溢血と呼ばれ、脳出血は脳内への出血と脳周囲への出血に分類されます。以前は、脳卒中といえば脳出血というぐらい、脳卒中の中ではいちばん患者数が多かったのですが、現在では脳梗塞の方が多くなっています。
しかし死亡率が低下した反面、半身不全(片麻痺)や言語障害(失語症)などの重篤な後遺症を残してリハビリテーションや介助が必要となる率が高いという大きな問題があります。脳出血には大きく分けて脳内出血とクモ膜下出血があります。この2つの病気は全く異なる病気ですので、分けて記述します。

脳内出血は動脈硬化などが原因で脳の血管が切れて、脳の中に血の塊(血腫)を作るものです。脳の深部に行く血管(穿通枝)に動脈硬化性の変性が起こり、もろくなった血管が切れて出血すると考えられています。大脳深部の「基底核」「視床」と呼ばれる部分に起こる場合が80%です。それ以外に小脳や脳幹に起こることもあります。血腫は短時間に増大し、ひとまず出血は止まります。しかし、血腫が大きくなればなるほど、脳組織を破壊して脳の働きを奪います。
特に、基底核と視床の間の狭い範囲に手足を動かす重要な神経線維(錐体路)や感覚神経の繊維が走っていますので、血腫によってこの錐体路や感覚路が圧迫されたり、破壊されたりすると半身の麻痺(半身不随)や半身の感覚障害が起こります。血腫が大きくなると脳がむくむ脳浮腫により頭蓋骨の中の圧力が高くなって脳へのダメージがさらに大きくり脳ヘルニアを起こして、最悪の場合は死亡してしまいます。

脳内出血は以前は非常に死亡率の高い病気でした。脳出血が起こる脳の場所は、高血圧が原因の場合は脳の深い部分です。高血圧以外の原因の場合は、脳の表面の部分に起こることが多いです。高血圧により起こる脳出血を高血圧性脳出血といいます。高血圧により起こる脳出血の割合は、脳出血全体の 70%を占めます最近は高血圧の早期治療が広まり、また脳内出血を起こしても専門医での治療がすぐ受けられるようになったため、死亡率は減りました。
動脈硬化は、高血圧が続けば続くほど悪化していきます。また、細動脈と呼ばれる全身の最も細い動脈に発生しやすいです。高齢になるごとに進行しやすくなるので、中高年の方に多く見られます。高血圧により脳の動脈が動脈硬化になると、さらに高い血圧がもろくなった動脈に圧力を加えて破裂させてしまい、脳出血になってしまいます。

脳出血の前兆・前触れは、はっきりとした症状として現れることがなく、突然発症することが多いです。まれにですが、一過性脳虚血発作(TIA)と同じ症状が脳出血の前兆・前触れとして現れることがあります。また、「頭がズキズキする」、「目がみえにくくなる」、などの症状を感じることもありますが、ほとんどの場合は、前兆がなく突然発症するのが脳出血です。発作は日中活動時に多く、頭痛や嘔吐を伴います。
片麻痺(かたまひ)などの脳障害の徴候は急速に(多くは数時間以内)悪化し、当初、意識障害がなくても時間が経過するうちに意識障害が出現し、急速に昏睡になることもあります。出血の部位により症状は異なりますが、片麻痺、半側感覚障害、言語障害、小脳性運動失調、四肢麻痺、けいれんなどが出現します。出血部位では、被殻出血が最も多く(約50%)、次いで視床出血(20~30%)、小脳出血、橋出血、皮質下出血の順となります。

高血圧性脳出血は高血圧と動脈硬化が起こる年齢、つまり50歳台から増えてきます。動脈硬化により脳の細い血管に変化が起こりそこから出血するものと考えられています。高血圧性脳出血の起こる場所はほぼ決まっています。大脳の中の方にある被殻に出血するものが最も多く全体の60%を占めます。
次に多いのが視床出血で15%、小脳出血が10%、脳幹部の橋の出血が5-10%です。その他に大脳半球の表面に近い部分に出血する脳葉出血がありますが、これはAVMや脳動脈瘤の破裂、その他の血管奇形を伴うことが多く、また老人のアミロイド血管障害という病気のときもあり、高血圧性とは一概にいえません。

脳動静脈奇形(AVM)は一種の血管の奇形です。普通動脈から毛細血管となり、そこで、酸素や栄養を組織に与え変わりに不要な老廃物を血液に取り込んで、静脈となり、心臓へ戻ります。AVMは動脈が異常な血管の塊を通って直接静脈と繋がっています。AVMは普通は無症状ですが、けいれんを起こして分かる例があります。このAVMが出血すると脳内出血やくも膜下出血を起こします。AVMの出血は若い人に多く、20-40歳台で発症しますから、若い人の脳出血とくに脳葉出血はAVMを疑います。

脳出血は一般に頭痛と嘔吐で発症します。その他の症状は出血が起こった部位によって違います。ここでは急性期の症状を書きます。

被殻出血(水色の部分:最も多いタイプの出血。少量の出血の場合麻痺なども出ないため気づかれないこともある)では出血と反対側の手足が麻痺し、感覚も障害されます。被殻のみの小さな出血では本来麻痺は起こりません。殆どの場合被殻から少し外側にある内包へ出血し、その部分の障害で運動麻痺と感覚障害がでます。出血が大きいと、顔と両目が出血した側(手足の麻痺が左なら右側)へ向いて自分では治せない状態になり、意識障害が進んできます。右利きの人は言葉を理解してしゃべる機能が左の脳にありますから、左の脳出血が起こると、利き手の右手の麻痺だけでなく言語障害(失語)が起こり、言葉がしゃべれなくなることがあります。

視床出血(黄色の部分:これも多く、感覚中枢に起こる出血なのであとで半身のしびれなどの後遺症を残すことが多い)では運動麻痺も起こりますが、感覚障害が強く出ます。慢性期になって出血と反対側の手や足が非常に痛くなる場合があります。これは視床痛といい、鎮痛薬が効きません。
この場合定位脳手術といって特殊な手術を行う場合があります。それ以外に視床出血では左右の目の位置がおかしくなります、寄り目になったり、両目が下に向いて動かなくなったりします。左側の視床出血では言葉もしゃべれなくなることがあります。高齢者に多い病気で、寝たきりの原因となり、痴呆にもなり易い病気です。皮質下出血(緑色の部分)は比較的まれですが、単純な高血圧性でなく何か原因となる病気が隠れていることも多いです。

小脳出血は突発する頭痛、嘔吐、めまいが起こり、立ち上がるとふらふらして歩けません。小脳出血のめまいは非常に強いもので、ずっと続きます。最初のうちは意識障害はありませんが徐々に意識障害が起こり、呼吸状態が悪くなってきます。小脳出血の場合は早いうちに手術すると改善しますから、呼吸障害がひどくならないうちに手術することが必要です。

橋出血では重症例が多く出血の最初から意識障害、呼吸障害、四肢麻痺(両手足が動かなくなる)が起こります。目も固定し、上下にずれたりして見るからに異常です。また瞳孔(黒目の真中)が非常に小さくなります。瞳孔の大きさは脳の病気の時には非常に重要で、意識障害で、瞳孔が5mm以上に開き、光を入れても縮まない場合は 危篤状態です。橋出血は以前はすべて重症と考えられていましたが、症状が軽いものでCTやMRIでみると小さな橋出血が見つかる場合が増えてきました。

脳出血は突然起こり、頭痛もひどく、症状も強いですから殆どの場合救急車で病院に運ばれてきます。診断は症状から比較的容易ですが、最終的にはCTが有用です。MRIは急性期には専門家が見ないと脳出血か脳梗塞が 判定しづらいことがあります。脳出血の重症度は意識レベル、CT上の血腫の広がり、血腫の量で判定します。意識レベルは重症例ではどんなに刺激をしても目を開けない状態となり、昏睡状態となります。

脳内出血は突然起こり、約半数の患者はひどい頭痛が始まります。筋力低下、麻痺、しびれ、失語、視力障害、錯乱などの神経学的症状が現れて着実に悪化していきます。出血範囲が拡大すると、症状も悪化します。吐き気、嘔吐、けいれん発作、意識消失などが多くみられ、これらは数秒から数分以内に起こります。脳内出血の診断は症状と診察結果に基づいて行われます。しかし、脳卒中が疑われるときには、脳出血と脳梗塞を見分けるためにCT検査やMRI検査を実施するのが通常です。
またCTやMRIの画像から、脳組織の損傷範囲や、脳の他の領域で圧が上昇していないかどうかもわかります。脊椎穿刺は、ほとんど行われません。脳出血の患者のように、頭蓋内の圧力が上昇しているところへ脊椎穿刺を行うと、生命の危険がある脳ヘルニア(ヘルニア:脳の圧迫を参照)を起こすことがあるためです。

当然ですが重症になればなるほど結果も悪くなります。家や職場で脳出血で人が倒れたらともかく呼吸の確保が大切です。ネクタイや首の周りをゆるくして、お腹のベルトも緩めます。脳出血では嘔吐することが多いので、嘔吐物が喉に詰まって窒息する場合や、肺の中に入って誤嚥性肺炎をおこします。
これを予防するためには身体を横に向けます。そして口の中に詰まっているものを取り除きます。以前は脳卒中の人は動かしてはいけないといわれていましたが、現在はともかくすぐに病院へ運ぶことを考えて下さい。

くも膜下出血

くも膜下出血(クモ膜下出血):脳の表面の太い血管が「動脈瘤」などが原因で切れて、脳の表面に出血を起こすものです。脳の表面は軟膜という柔らかい膜が密着して包んでいます。この上を、くも膜という別な膜が覆っています。この軟膜とくも膜の間のわずかな隙間を「くも膜下腔」と呼び、脳を衝撃から保護するための「脳脊髄液」という液体で満たされています(お豆腐のパックの中の水を想像して下さい)。脳の血管の比較的太い部分は脳の表面、このくも膜下腔の中を走っています。
そこで脳の血管の太い部分が切れた場合、血液は脳の中に出血せずに、脳の表面のくも膜下腔の中に広く散らばった状態で出血します。元々くも膜下腔には「脳脊髄液」が流れる隙間がありますから、この隙間が出血に置き換わってしまうわけです。脳には元々感覚の神経がありません。そのため、脳の血管が詰まったり、切れたりして脳が破壊されても痛くないことが多いのです。しかし、くも膜下出血の場合くも膜下腔に出た血液が脳の太い血管を圧迫したり、頭の中の圧力をあげたりすることによって激しい頭痛を引き起こします(脳の血管の太い部分には感覚があります)。

くも膜下出血の症状・発作は、強烈な頭痛、吐き気・嘔吐、項部硬直などです。これらの症状を髄膜刺激症状といいます。膜刺激症状は、クモ膜下出血を発症するとほとんどの場合見られますが、脳梗塞や脳出血の症状としてよく見られる麻痺や失語などの神経症状は、くも膜下出血では見られないことが多いです。
くも膜下出血の特徴的な症状はいつ始まったとはっきりわかる激しい頭痛で、出血した瞬間(頭痛が始まる瞬間)には意識を失うことが非常に多いです。また、頭痛の経過はじわじわと痛くなっていく、徐々に悪化していくのではなく、「突発した頭痛が起こり持続する」のが特徴です。比較的軽症な場合は頭痛のみが症状ですが、重症になると麻痺、意識障害を伴いますし、もっと重症な場合は即死してしまう場合も多いのがこの病気の特徴です。

通常は、大脳動脈の動脈瘤の破裂や、脳の内部や周囲にある動脈や静脈の血管奇形が原因です。動脈内の血圧によって動脈瘤が破裂すると、出血と脳卒中が起こります。動静脈奇形は生まれつきあるものですが、症状が現れて初めてその存在が明らかになります。動静脈奇形は、青年期から成人期に出血して突然の虚脱、脳卒中、死亡をもたらすことがあります。まれに、アテローム動脈硬化や細菌感染によって血管が傷ついて破裂することがあります。

くも膜下出血は、頭部外傷によっても起こります。くも膜下出血は、脳卒中の中で唯一男性よりも女性に多く起きています。くも膜下出血の原因となる動脈瘤は、破裂するまではまったく症状が現れません。しかしときには、神経が圧迫されたり、大きな破裂の前に少量の血液が漏れ出したりして、頭痛、顔面痛、複視その他の視力障害など、危険な徴候が現れます。これらの危険な徴候は、動脈瘤が破裂する数分から数週間前に現れるので、ただちに医師の診察を受け、大出血を防ぐ手順を踏んでください。
破裂すると、突然の激しい頭痛の後に、しばしば短時間意識を失います。中には昏睡状態のままの人もいますが、より多くの人は錯乱と眠気を伴った状態で目覚めます。脳の周囲にある血液と脳脊髄液が、脳を覆う組織の層である髄膜を刺激して、頭痛、嘔吐、めまいを引き起こします。心拍数と呼吸数が頻繁に変動し、けいれん発作を伴うこともあります。数時間から数分以内に、再び眠気に襲われて錯乱します。約25%の人に神経学的症状、通常は体の片側の麻痺が起こります。

くも膜下出血は、出血場所が正確にわかるCT検査を行って診断します。脊椎穿刺は、脳脊髄液中のわずかな血液でも検出できるので、必要に応じて行われます。診断を確定し、出血を引き起こしている動脈瘤や動静脈奇形の場所を特定するために、脳血管造影が72時間以内に行われ、所見にしたがって手術が行われます。

くも膜下出血になってしまうと、最悪の場合即死してしまいます。一般に、くも膜下出血の患者さんのうち約1/3の方は出血と同時に死亡してしまう、あるいは何とか病院には運ぶことができたものの重症過ぎて死亡してしまうか寝たきりの状態になってしまうといわれています。逆に、約1/3の方が何らかの後遺症を残され、残りの1/3の方は順調に経過してご自宅に退院、社会復帰を果たされるといわれています。

くも膜下出血が起きたときには、ただちに入院して安静を保ちます。アスピリンや他の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)ではなく、オピオイドなどの鎮痛薬がひどい頭痛の治療に使われます。脳圧を下げるためにドレナージチューブが脳に留置されることがあります。カルシウム拮抗薬のニモジピンは動脈れん縮を抑えるために使われます。この薬は、遅れて現れる動脈れん縮や脳梗塞を防ぐ効果があります。
くも膜下出血から数日後より2週間目頃までの間に、くも膜下腔を走っている比較的太い脳の血管がけいれんを起こして細く縮んでしまう現象が起こります。この現象を脳血管攣(れん)縮と呼ぶのです。動脈瘤の破裂によって脳の周りに出た血液は、約2週間程度の間に次第に分解され吸収されていきます。
しかし、血液が分解される過程で、様々な「活性物質」と呼ばれる物質がくも膜下腔内に出てきます。こういった活性物質が脳の血管に作用して血管を収縮させると考えられています。脳の血管が縮んで細くなってしまうわけですから脳に血液が不足してしまい、最悪の場合には脳梗塞となってしまいます。

症状としては、まず頭痛(これはくも膜下出血後はずっと続いていることが多いのですが)がだんだんひどくなり食欲が低下してくることが多いようです。実際に脳の血液が足らなくなってくると、手足の麻痺症状、混乱などの意識障害、言語障害が出てきます。進行を止めることができなかった場合には麻痺や痴呆などの後遺症を残したり、死亡することもあります。

動脈瘤がある人には、動脈瘤をクリップするか、動脈瘤への血流を遮断するか、あるいはもろくなった動脈の血管壁を補強して、致死的な出血のリスクを減らす手術があります。これらはどれも困難な手術で、特に昏迷や昏睡状態に陥っている人は死亡のリスクが高くなります。
手術の最適のタイミングについては異論があり、病状に基づいて決めなければなりません。ほとんどの脳神経外科医は、症状が現れてから3日以内に、脳が腫れて炎症を起こす前に手術を行うことを勧めています。手術が10日以上遅れると手術によるリスクは減りますが、様子をみている間に、出血が再発しやすくなります。

一般的な手術は動脈瘤を金属クリップで留める方法(図)で、血液が動脈瘤の中に入らないようにして破裂を防ぎます。クリップは、永久的にその場所に残します。何年も前にクリップを埋めた人は、MRI検査を受けることはできませんが、最近の新型クリップであれば磁気の影響を受けることはありません。
代替手術は、神経血管内手術と呼ばれる方法で、コイル状のワイヤを動脈瘤の中に挿入します。コイルは、動脈に挿入したカテーテルを使って動脈瘤まで誘導します。この手術は、頭蓋を開く必要がありません。コイルが動脈瘤を通る血液の流れを遅くするため、瘤内の血栓形成を促進して、動脈瘤をふさいでしまいます。

動脈瘤によるくも膜下出血患者の約35%は、最初の発作で脳が広範囲にダメージを受けて死亡し、15%は再出血により2ー3週間以内に死亡します。6カ月間生存して動脈瘤の手術をしなかった場合は、その後再破裂するリスクは毎年3%になります。原因が動静脈奇形による場合は、良い経過をたどります。ときどき、小さな奇形による出血は、すでにそれ自体の血流が止まっているために、脳血管造影でも見つからないことがあります。これらの症例の経過は非常に良好です。
ここで大切なのは、これらの手術はあくまでも「再出血を防いで」これ以上「脳のダメージが重くなる事を防ぐ」ことが目的なのです。ですから、けして「手術で脳のダメージが軽くなる」わけでも「手術でくも膜下出血自体が良くなる」わけでもありません。ですから、患者さんの状態があまり重症な場合、手術自体の危険が高い場合は手術を行えない場合があるわけです。

脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血をきたした場合には、生命に危険が及ぶか脳の後遺症を残す可能性が高く、それを予防するためには破裂防止の処置が必要となります。未破裂脳動脈瘤に対して現在のところ、薬物を中心とした内科的治療では破裂を防止する事は不可能で、物理的に脳動脈瘤内への血流を遮断する必要があります。
これには大きく二つの方法があり、一つは開頭手術を行い、動脈瘤の根元に特殊クリップをかける方法でクリッピング術と呼ばれています。もうひとつは動脈瘤内にプラチナ製のコイルを詰めて動脈瘤を閉塞する方法でコイル塞栓術(血管内手術)と呼ばれます。

前者は長い歴史に裏打ちされた確実な治療で、現在でも最も信頼の置ける治療法と考えられています。治療中に出血しはじめた際でも対処が可能である点は、大きな利点です。しかし、全身麻酔が必要で頭蓋骨を開けなくてはならない、手術で脳または脳表の血管に触れるため障害が出る可能性が皆無ではない、脳の深部などに発生した特殊な動脈瘤の場合、視野が限られ手術操作が難しい、などの不利な点もあります。

これに対してコイル塞栓術では、局所麻酔下に大腿部の穿刺のみで可能であり、頭を開ける必要はない、脳に全く触れることなく治療が可能である、脳の深部でも大きな技術的困難は無い、などの優れた特徴を持っています。しかしこの治療も万能ではなく、治療中に出血をきたした場合には対処が困難で、生命に危険が及ぶことがある、血管内に血栓(血の塊)ができて、動脈瘤の周囲やその先で血管を閉塞して脳梗塞を起こすことがある、コイルがずれたり飛び出したりする事があり、これにより正常な血管を閉塞し脳梗塞を起こす可能性もある、脳梗塞を起こした場合、麻痺や言葉の障害、知能や意識の障害が出現し、さらに生命に危険が及ぶこともありうる、治療が不充分な場合、動脈瘤が大きくなったり、破裂する事がありえる、治療法として有効であると報告されているが、歴史が浅いため長期治療成績が充分解明されていない、などの問題点も有します。

しかし、最近の報告では、むしろ開頭クリッピング術よりも血管内治療のほうが優れている場合もあると考えられています。一般にコイル塞栓術の適応となると考えられるのは脳の深部や頭蓋骨底部に脳動脈瘤があり、手術が困難または治療リスクが高いと考えられる脳動脈瘤、全身や脳の状態が不良で、全身麻酔が危険と考えられる場合、高齢で手術や麻酔のリスクが高いと考えられる場合、患者様が血管内治療を希望される場合などです。

未破裂脳動脈瘤に関しては、血管内治療(コイル塞栓術)と開頭手術(クリッピング術)を比較した多施設共同無作為臨床試験はまだ実施されていません。過去治療例の分析研究によると血管内治療は開頭手術(クリッピング術)と比べて、リスクの減少・入院期間・回復期間の短縮が認められていることが分かっています。
研究からは以下のことが示されています。クリッピング術を受けた患者さんの平均入院期間は、血管内治療の患者さんの2倍以上です。クリッピング術後に新たに症状や障害が出現する割合は、血管内治療の4倍と高くなっています。またその症状や障害の回復期間について、大きな違いが認められました。ある試験によると、クリッピング術を受けた患者さんの平均回復期間が1年であるのに対して、血管内治療の患者さんの平均回復期間は27日間でした。

大動脈瘤

大動脈は心臓から出ている大血管でまず心臓から頭側に向かって出て(上行大動脈)、弓状にカーブを描いた後(弓部大動脈)、胸部の左後ろを下に向かって走行します(下行大動脈)。さらに腹部に入りへその少し下の高さで左右に分岐して両足の方向へ走行します。一般にこの分岐までを大動脈と呼びます。大動脈瘤は大動脈の一部がコブのように膨らんだ状態です。大動脈の壁は内膜、中膜、外膜の3層構造からなっており大動脈瘤も壁の構造から3つに分類されます。

①真性大動脈瘤;
瘤の壁にも通常の大動脈の壁構造が診られるもので嚢状、紡錘状のものがあります。

②解離性大動脈瘤;
大動脈の壁の解離し内膜に亀裂が生じて血液が入りこみ中膜が内外に分離して出来たものでほとんど紡錘状をしています。

③仮性動脈瘤;
瘤の壁に大動脈の壁構造がないもので外傷や感染など特殊な原因で形成されます。原因のほとんどは動脈硬化と高血圧です。

多くの真性大動脈瘤は徐々に大動脈径の拡大が進むためほとんど自覚症状はありません。特に胸部大動脈瘤は胸の中のため自覚症状が出にくく、胸部レントゲンではじめて瘤が分かることもしばしばです。当院で高血圧の人に定期的に胸部レントゲンを撮っている理由の一つでもあります。場合によっては瘤が反回神経を圧迫して嗄声(声がれ)が出現したり、食道を圧迫して嚥下障害が出現して発見されることもあります。

瘤の大きさが6cmを超えたり有痛性のもの、嚢状のものは破裂の危険性が高まり手術の適応となります。腹部大動脈瘤はへそのあたりにドキドキと拍動する瘤を触知して発見される事が多いのですが破裂しない限り痛みなどを伴わないので破裂してはじめて発見されることもよくあります。
腹部大動脈瘤では5cmを超えると破裂の危険性が高まり手術の適応となります。診断は造影CTやMRIで胸部、大動脈の径が正常の1.5倍以上で大動脈瘤と診断できます。逆に解離性大動脈瘤では激痛を伴うことが一般的です。大動脈瘤の診断としては胸部単純レントゲン検査、超音波検査、CT検査、MRI検査、DSA検査、血管造影などがありますがなかでも造影剤を使用したCT検査が最も有用です。

真性大動脈瘤の治療としては大動脈瘤の進展を防ぐため血圧のコントロールを行いますが根本的治療ではありません。一般に血圧は120以下にコントロールします。手術療法は瘤の大きさで適応されます。胸部で5cm以上、腹部で4cm以上は手術適応ですが、もちろん患者さんの状態によって考慮されます。手術はかなり成績の良いものとなっています。

解離性大動脈瘤の分類としてDebekey(ディベイキイ)分類とStanford(スタンフォード)分類があります。Debekey分類は解離の開始部位と解離の及ぶ範囲による分類で

  • Ⅰ型.上行大動脈に始まり下行大動脈に及ぶもの、
  • Ⅱ型.上行大動脈に始まり上行大動脈内にとどまるもの、
  • Ⅲ型.下行大動脈から始まるものでこのうち胸部にとどまるものをⅢa、腹部にまで及ぶものをⅢbとします。

Stanford分類は解離が上行大動脈に存在するかどうかが予後に左右するためこれによって分類したもので

  • A型.解離が上行大動脈に存在するもの、
  • B型は上行大動脈に存在しないもの、

という分類です。

解離性大動脈瘤の症状は激烈な胸痛、背部痛で移動性であることが特徴です。A型では前胸部痛、B型では背部痛が多く、解離の進行とともに頸部、上腹部、腹部、腰部、下肢に放散します。解離の部位により周辺への圧迫症状が出現し頚動脈を圧迫すれば意識障害、麻痺、上腸管膜動脈なら悪心、嘔吐、上腹部痛、下血、腎動脈なら乏尿、血尿、腸骨動脈ならば下肢痛、下肢のチアノーゼなどが出現します。いずれの場合でもひとたび破裂すれば出血性ショックとなります。解離性大動脈瘤が起こると充分な鎮静と、鎮痛が必要で血圧が高ければ出来るだけ早く下げなければいけません。

手術は大動脈瘤の部分の血流を迂回させるバイパス回路を使用して動脈瘤を切除し、全てを人工血管で置き換えます。また大血管から分岐する重要な血管を再建します。手術では脊髄保護が重要でこれがうまくいかないと下半身麻痺などの神経障害を起こすことがあります。
人工血管は数種類発売されていますが化学繊維を用いた網目状の構造になっており拒絶反応は発生しません。人工血管の耐久性は数十年とされていますので一度手術すると再手術はほとんどありません。最近カテーテルを用いたステント治療を行うこともあります。これは動脈瘤を血管内を通したカテーテルを用いてステントを拡張し補強するものですが、手術ほどの確実性がないことと再発があるのが問題ですが入院期間が短くなる利点があります。

閉塞性動脈硬化症

閉塞性動脈硬化症(ASO;arteriosclerosisobliterans)は主に下肢の大血管が慢性に細くなったり閉塞することによって十分に血流を保てなくなった状態です。血流が悪くなり歩行時に足のしびれ、痛み、冷たさを感じたりします。進行すると安静時にも症状が現れます。病状が進行すると足が壊死に陥り切断しなければならないこともあります。

原因としては動脈硬化症の原因と同じですので高脂血症、高血圧、喫煙、運動不足などがありますが最もリスクが高いのが糖尿病です。糖尿病で足を切断するようになるのはASOのためです。逆にASOがみられる場合は全身の動脈硬化が進行していると考えられます。したがって虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)や脳血管障害などの合併症がおこります。ASOの症状の強い人は動脈硬化の強い人ですから当然その予後も悪くなります。

ASOの症状はその程度からFontaine分類が用いられます。
Fontaine1期は動脈硬化が原因で足の血行が悪くなり急激な運動や連続歩行の直後にしびれ、冷感がみられます。しかしこの段階では症状はひどくなく症状もすぐに軽快します。また皮膚の変化として皮膚のすぐ下の皮下脂肪の萎縮、脱毛などがみられます。
Fontaine2期は間欠性跛行を来す時期です。つまり一定の距離を歩行した後、特定の筋肉に痛みや硬直を引き起こし歩行不能になりますがしばらく休むとまた歩けるようになります。安静時には何とか血流を保てていますが、歩行時に足に十分な血流が供給できない状態です。
Fontaine3期は安静時にも疼痛を来す時期です。足を少しでも下げると痛みが軽くなりますのでベットから足を下げて寝るような姿勢をとる人もいます。足の潰瘍、壊死が起こりやすくなります。
Fontaine4期は潰瘍、壊死を来します。小さな傷や圧迫を受けやすい場所、たとえば足趾の先端部などの血流の悪いところから皮膚の壊死、潰瘍が生じます。血流が悪いために治りが悪く、患部はどんどん広がります。足の切断を行わなければならないこともあります。

ASOの診断は脈を触知したりドップラー聴診器を用います。最近では両手、両足の血圧を測定するABI(Ankle Brachial Pressure Index=足関節部最高血圧/上腕動脈最高血圧比)を測定したりしますが、CTやMRI検査も行われます。必要な場合は血管造影を行います。

治療で最も大切なのは病気を悪化させる糖尿病、喫煙、高脂血症、高血圧、運動不足、ストレスなどを改善することです。さらに手足の保温、深爪を避け皮膚の手入れを行う、長時間の起立や正座を避けるなどが必要です。Fontaine1期はや2期では内服薬や点滴による治療を行いますが、2期の重症例3期、4期では血行再建術が必要になります。これにはカテーテルを使って バルーンで拡張する方法と手術があります。人工血管を挿入することもあります。カテーテルによる血管拡張術の際に金属製の管(ステント)を血管の中で拡張させることもあります。

手術による血行再建術には血栓内膜除去術、動脈形成術、バイパス手術があります。血栓内膜除去術は血管を切開し閉塞部の動脈硬化病変を取り除きます。動脈形成術は主動脈が閉塞していても筋肉内を通っている細い血管が開通し、そこを通って末梢へ血流がいっている場合にその血管を太くするものです。
バイパス手術は閉塞部位が長かったりカテーテル治療ができない部位で人工血管や静脈を使ってバイパス経路を造るものです。症状が進行し足が壊疽に陥った場合には足を切断する場合もあります。さらに最先端治療として血管新生療法が行われています。これは血管の新生、再生を促進する遺伝子、細胞を注入してバイパス血管を増やそうとするもので一部で良好な成績が得られており、切断に変わる手段として今後発展する可能性があります。
いずれにせよASOは動脈硬化が進行しているのであり、動脈硬化は全身におこるのですから全身管理が必要になります。

深部静脈血栓症

深部静脈血栓症(Deep Venous Thrombosis:以下DVT)は、深部静脈に血栓(血液のかたまり)が形成される病気です。血栓は、静脈の損傷や血液の凝固を引き起こす疾患により形成される場合や、何らかの原因で心臓に戻る血流が遅くなることで形成される場合があります。血栓によって、脚や腕の腫れが生じることがあります。血管を流れる血液は、一般的には凝固しません。足の筋肉の動きと静脈は、血液の流れを促進するために圧搾されます。DVTは、特定の状況下、すなわち血液が正常に循環しなかったり、凝固したりする場合に発生する可能性があります。しなしながら血栓は稀に明白な理由無しに形成してしまう場合があります。

DVTのリスクを増加させる要因をいくつか挙げます。

①静脈の内側の損傷;手術(特に整形外科や脳神経外科)、転倒、炎症、および薬品は、静脈への傷害を引き起こすリスクを高めます。

②動かないこと;運動不足により血流が遅くなります。例えば、手術後や病気で長い間寝ている間や、長距離旅行中やその後、骨折してギブスをはめている間などです。遅い血液の流れは、血栓を作り易くします。

③濃度の高い血液;第V因子ライデン変異、およびプロテインCおよびプロテインSの欠損などのいくつかの遺伝性疾患によって血液がより容易に凝固することがあります。家族の中にDVTを患うものがいる場合、遺伝の可能性があるため、気をつける必要があります。ある種の障害は、例えば抗リン脂質抗体症候群、真性多血症、本態性血小板血症は後年になって出てくる場合もあります。

④薬学治療;妊娠コントロールピルや、ホルモン代替療法は、エストロゲンが血流を遅くさせるためDVTのリスクを高めます。化学療法のドラッグも同様の副作用があります。

⑤病状;以下のようなコンディションは、血栓発症のリスクを高めます。㋐妊娠:妊娠中に、骨盤の下の静脈内の圧力が増し、血液濃度が濃くなります。リスクは、出産後最長6週間継続します。㋑加齢:60歳以上の人は、DVTの可能性があります。㋒がん:多くの癌は、血液の凝固を増強する物質を上昇させます。時々DVTは、癌の診断に先行する場合もあります。㋓心不全:弱い心臓は、普通の心臓と比べて効果的に血液をポンプすることができません。そして血液を溜めてしまい、血液が簡単に凝固してしまいます。㋔体重過多または肥満:太りすぎの人々は、骨盤静脈と足に高い圧力を持つため血栓のリスクを高めます。㋕侵襲的なデバイス:静脈カテーテルを介して液体や薬を受けている患者は、正常な血液の流れの妨害や、静脈の損傷により、静脈の表面や深部に血栓ができ易くなります。㋖腎臓疾患:ネフローゼ症候群、大量のタンパク質が腎臓から漏れる障害を持つ人は、動脈と静脈内に血栓を発症する可能性が高くなります。㋗DVTの既往症:過去にDVTを患ったことがある人は、将来に再発する可能性が高くなります。㋘喫煙:喫煙は血液の循環に影響を与えるため、DVTのリスクを増加させます。

深部静脈血栓症(Deep Venous Thrombosis:以下DVT)の患者の約半数は無症状です。ほとんどの深部静脈血栓はふくらはぎの小静脈に起こり,無症状で決して発見されません。このような場合には、胸の痛みや息切れが肺塞栓症による異常を知らせる最初の症状となります。DVTは、静脈、特に大腿静脈などに血栓が生ずる疾患です。
足の深部にある静脈は、血液を心臓に届ける太ももやふくらはぎの大静脈です。血栓が出来たとき、静脈内の血液の流れが部分的または完全にブロックされ、痛みや腫れを引き起こします。それは生死に関る可能性があるため、医師の診察をすぐに求めるべきです。

血栓が剥がれ、静脈内を流れ、肺動脈に達し詰まります。これが肺血栓塞栓症です。慢性深部静脈不全では一部の血栓は、瘢痕(はんこん)組織になって治ることもありますが、この瘢痕組織は静脈の弁に損傷を与えることがあります。弁が損傷すると静脈は正常に機能できなくなり、体液がたまって足首がむくみます(浮腫)。静脈が詰まる位置が高いと、すねや太ももまで浮腫が広がることがあります。
立っているときや腰掛けているときには、血液は心臓に達するために重力に逆らって上に向かって流れなくてはならないため、1日の終わりに近づくほど、むくみがひどくなります。脚を水平にすると静脈内で血液が流れやすくなるため、夜間はむくみが解消されます。

下肢の太い静脈の血流が遮断されると、ふくらはぎが腫れて、痛み、圧痛、熱感などの症状が現れることがあります。足首、足、あるいは太ももが腫れる場合もありますが、これはどの静脈に血栓が形成されたかによって異なります。傷害を受けた静脈が破壊されることがあります。その場合、脚はいつもむくんだ状態になり、1日の終わりになると悪化します。
足首の内側の皮膚が荒れてかゆくなり、赤みを帯びた茶色に変色します。この変色は皮膚内の拡張した静脈から赤血球がしみ出てくることが原因です。変色した皮膚は傷つきやすく、ひっかいたりぶつかったりしただけでも傷ができて潰瘍になることがあります。また、静脈瘤が形成されることもあります。潰瘍の痛みに加えて、立ったり歩いたりするとズキズキする痛みが生じます。

脚の遠位のDVTでは,軽い発熱症状がみられることがあり,DVTは,特に術後の患者においては,原因不明熱の原因となることがあります。肺塞栓症が起こった場合,症状には息切れおよび胸膜炎性胸痛があります。
DVTは,上肢(DVTの症例の4〜13%),下肢,または骨盤部の深部静脈に生じえます。下肢のDVTは,恐らく血塊の負荷がより高いためか,肺塞栓症(PE)をはるかに起こしやすいです。
大腿部の表在性の膝窩静脈および大腿静脈ならびにふくらはぎの後脛骨静脈が最も罹患しやすいです。ふくらはぎの静脈のDVTは大きな塞栓の源とはなりにくいですが,大量の小塞栓を繰り返し引き起こしたり,近位の大腿静脈に移行したりし,そこから肺塞栓症を引き起こしえます。DVT患者の約50%は潜在性の肺塞栓症を有し,肺塞栓症患者の約20%は明らかなDVTを有するとされています。

下肢静脈瘤

下肢静脈瘤とは足の表面にあるたくさんの静脈(表在静脈という)が拡張し、蛇行(だこう)屈曲して浮き出た状態です。静脈弁の機能不全による一次性静脈瘤と、生まれつき静脈が拡張している先天性静脈拡張症のような二次性静脈瘤に分けられます。ほとんどは一次性で、立ち仕事の多い女性に多く現れ、足を挙上する(高く上げておく)ことによって改善します。
夕方に目立ちますが、一晩寝ると朝には消失していることがほとんどです。下肢の表在静脈だけでなく、精索(せいさく)、食道下部、直腸肛門部の静脈にも現れることがあります。静脈弁の機能不全によって起こる一次性の静脈瘤の原因としては、もともとの静脈壁の構築の弱さだけでなく、遺伝的要因や妊娠、肥満、立ち仕事といった要素の関連も指摘されています。

下肢の静脈が太く、浮き出ているものを「下肢静脈瘤」といいます。静脈瘤の多くは太くなっているばかりではなく、曲りくねっています。また同じ静脈瘤でも太さはいろいろです。静脈瘤のなかでも「伏在(ふくざい)静脈瘤」は、最も太く、約7割がこのタイプの静脈瘤です。さらに血管の太さが1~2mmくらいの「網目状静脈瘤」、血管の太さが1mm以下の「クモの巣状静脈瘤」と分けられます。
たくさん静脈瘤ができていても全く症状のない人もいますが、静脈瘤ができると、「あしがむくむ、だるい、重い、痛む、ほてる」などの症状が出やすくなります。あしの筋肉がつる、いわゆる「こむら返り」もおきやすくなります。症状が重くなると湿疹ができたり、色素沈着、潰瘍ができます。

静脈瘤の誘因は、「立ち仕事、出産、遺伝」です。お母さんや姉妹に静脈瘤がある女性に静脈瘤ができやすく、妊娠をきっかけに静脈瘤ができ、立ち仕事に従事したり、年齢がすすむにつれ静脈瘤が進行します。
血管には「動脈」と「静脈」があります。心臓からでた血液は、動脈を通って体の隅々にいきわたり、その後は静脈を経由して心臓に戻ります。あしでは、深いところを走る「深部静脈」と皮膚表面近くを走る「表在静脈」を経由して血液が流れます。表在静脈の代表が「大伏在静脈」と「小伏在静脈」です。また、深部静脈と表在静脈は「交通枝(穿通枝)」という短い血管でつながれています。
血液が心臓へ戻ることを「静脈還流」といいますが、この静脈還流には静脈の内側にある「弁」が大きな役割を果たしています(左図)。2本足で立って生活している人間では血液はその重みで下の方へ戻ろうとします。この下への逆流をくい止めているのが静脈の弁です。断面でみると、弁はハの字型をしているため、上向きには血液が流れても、下へは流れない一方通行の流れをつくっているのです。この静脈弁の機能不全が生じると、静脈瘤ができてきます。

多くの静脈瘤は、表在静脈(とくに大伏在静脈や小伏在静脈)の弁が壊れて発生します。弁が正常に働かないと、血液は逆流することになり、あしの下の方に血液が溜まり、その結果、静脈は拡張し、静脈瘤ができてきます。右図の左は正常な血液の還流、右は静脈瘤の場合の血液の逆流を示しています。深部静脈血栓症の結果静脈内圧の上昇のため弁が壊れ静脈瘤が出来る場合もあります。
下肢静脈瘤の治療法としては次のようなものがあります。

①保存療法(圧迫療法);医療用の弾性ストッキングや弾性包帯で、下肢に適度な圧力を与えることで下肢に余分な血液がたまることを予防し、下肢の深部にある静脈(深部静脈という下肢静脈の本幹)への流れを助けます。医療用の弾性ストッキングは、医療施設で取り扱っているものが効果的です。
薬局やスポーツ店で販売しているストッキングやサポートグッズは、効果的には劣ります。以前と比べ、現在の医療用弾性ストッキングは、デザイン的にも改良されサイズや仕様にも選択肢が増えてきました。しかし弾性ストッキングなどによる圧迫療法は、あくまでも進行防止・現状維持が目的で、下肢静脈瘤そのものが治るわけではありません。しかし、下肢静脈瘤の治療上とても重要です。

②硬化療法;本来なら、手術で引き抜いたり縛ったりしてしまう静脈の中に、硬化剤という薬剤を注入し、静脈の内側の壁と壁をくっつけてしまったり、血栓(血のかたまり)をつくり詰めてしまう方法です。硬化療法だけで、すべての下肢静脈瘤が治療できればよいのですが、軽度の静脈瘤以外には有効とはいえません。

③ストリッピング手術(静脈抜去手術);下肢静脈瘤の根治的な治療法として古くから行われている手術で、弁不全をおこしている静脈を引き抜いてしまう手技です。施設により異なりますが、入院の場合(5~7日)は、全身麻酔あるいは下半身麻酔下で行います。また最近では、外来日帰り手術を行っている施設もあります。
この方法は再発率が低く、一番確実な治療法です。ただしこの手術は、静脈を抜去しますので、まわりにある知覚神経にダメージを与えることがありますので、注意が必要です。また最近では、硬化療法を併用するケースも増えています。

④高位結さつ手術+硬化療法;静脈を引き抜くかわりに、弁不全をおこしている静脈と本幹(深部の静脈)の合流部を縛ったうえで、切り離してしまう治療法です。日帰り外来手術が可能です。最近では、硬化療法との併用が多く施行されています。硬化療法には、通院でできる、簡単である、体への影響が少ない、という利点があります。
しかし、ストリッピング手術にはどんな大きな静脈瘤でも確実に治療できるという利点があります。大きな静脈瘤や潰瘍をつくっている患者さんにはストリッピング手術が向いています。

⑤レーザー治療・弁形成術・内視鏡使用の手術;下肢静脈瘤のなかでも、もっとも軽いタイプの網目状・くもの巣状とよばれる静脈瘤に適してします。しかし、治療施設や症例数もまだ少ないことや日本人の肌に合わないといわれていることから施行後に「火傷」のようになるケースもあるようです。
施行成績はまだ一定しておらず、安定までにまだ時間を要するようです。不全弁を作り直す弁形成術や血管内視鏡を使う手術も同様です。

⑥静脈内レーザー治療術;静脈内にレーザープローブを挿入し、静脈内側をレーザーで焼灼する高度な最新の手術方法です。
日常生活での注意点として次のようなものがあります。

  • 1)下肢に血液が溜まらないように、長時間の連続した立ち仕事はさける。立ち仕事中は1時間の仕事に5~10分間は、あしを心臓より高くして休息します。休息がとれない方は、足踏みをしたり、歩き回ったりしてください。あしの筋肉を使うと、筋肉のポンプ作用で静脈環流がよくなります。
  • 2)夜寝るときには、クッションなどを使用しあしを高くして休みましょう。
  • 3)立ち仕事や外出のときには、弾性ストッキングをはいてください。
  • 4)下肢の清潔を保ちましょう。

心筋症

心筋症とは, 臨床的に,弁膜症・高血圧などの心筋因子以外の原因がなく,心筋そのものの障害により心機能異常をきたす疾患です。心筋症の分類としては①拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy;心腔の拡張と心筋の収縮力の低下を特徴とする。日本での重症心不全の大部分を占め、心エコー検査では、「大きな左室内腔と全体的に非常に動きの悪い左室」が典型的所見)、②肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy;左室壁の不均一な著しい肥大を特徴とする。
心腔の大きさは正常または狭小化し、肥大のために心腔は硬く拡がりにくくなる。また心室中隔上部(左室の出口近傍の心室中隔)の肥大が高度だと、左室の出口で収縮期に狭窄を生じ、血液の駆出に強い障害が生じる(閉塞性肥大型心筋症と呼ぶ)、心エコー検査では、「左室内腔の大きさは、正常か、狭くなる。特に心尖部が狭く、収縮期にはほとんど閉塞する。心室中隔や心尖部など局所的な著しい局所的な肥大がみられる。左室壁の動きは通常良好である」が典型的所見)、③拘束型心筋症(restrictive cardiomyopathy;心室の高度の拡張障害と心腔の狭小化を認める、いわば弾力のない硬い心臓である。心室の壁厚は正常、左室壁の動きもほぼ正常である。
かなりまれな心筋症で、心エコー検査では、「左室内腔はやや小さい。左室壁の肥大はなく、動きはほぼ正常。硬い左室であることによる僧帽弁口血流パターンの異常を認める。」が典型的所見。日本では極めてまれ、10年生存率10%とかなり予後が悪い)、④不整脈源性右室心筋症(上記3型はおもに左室が障害されるが、この型は右室筋が線維や脂肪に進行性に置き換わり、右室壁が薄くなり、心室性不整脈を頻発する疾患である。若年者で不整脈による突然死が多い)、⑤分類不能の心筋症(上記以外の心筋症。多くはウイルス性心筋炎の後遺症である可能性があるといわれている)、の5つのタイプに分類されます。

①肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:HCM)

肥大型心筋症はおもに左室、時に左右心室の肥大を特徴とします。心筋の肥大は一様ではなく、局所的に強い肥大が生じる場合が多く心室の内腔は正常または狭くなっています。肥大のために心臓の弾力性が低下し、拡張期に拡がりにくくなります。左室の出口付近である上部心室中隔の肥厚が著明なために、左室流出路の狭窄を生じ、圧較差を伴うものを閉塞性肥大型心筋症と呼びます。閉塞性と非閉塞性は肥厚の部位と程度による違いであり、本質的な違いではありません。心尖部のみが厚くなったものを心尖部肥大型心筋症と呼びます。心エコー法の発達と普及に伴って、肥大型心筋症が多数発見、確認されるようになっています。

約半分の肥大型心筋症は遺伝子の異常であることが分かっています。つまり、これらは遺伝子病なのです。心筋のタンパクの遺伝子、ミトコンドリアの遺伝子、代謝に関係する遺伝子などの異常が見つかっており、遺伝形式は、優性遺伝、劣性遺伝、突然変異と考えられる散発例もあります。遺伝子変異以外の要因も可能性があり、肥大型心筋症の病因は一つではありません。

もっとも一般的な非対称性中隔肥大を示す肥大型心筋症の場合は、その半数が常染色体優生遺伝を示します。遺伝子の変異を持っていても発症しない者もいるために、両親のどちらか一方が2本ある染色体のうち、1つに変異を持っている場合でも、その子供の発症率は50%以下です。一方、全周性肥大や心尖部肥大は遺伝傾向が弱いとされています。大半は思春期以降に肥大が発現すると考えられ、小児は少ないです。20~30代には比較的安定していますが、40歳以降には著明な肥大を示すようになります。男性では40歳~50歳代が多いですが、女性では年齢分布に差がありません。30歳以上では男女比はおよそ3倍で、男性に多いです。非閉塞性の心室中隔肥厚や心尖部肥大は40歳以降に好発しています。肥大型心筋症の10年死亡率は20%です。拡張型心筋症よりましですが、同世代に比べれば悪く、突然死や塞栓死(心房細動)が予後を左右します。

肥大型心筋症はいくつかの病型に分類されます。閉塞性肥大型心筋症(hypertrophic obstructive cardiomyopathy:HOCM、心室中部閉塞性肥大型心筋症(midventricular obstruction:MVO)、心尖部肥大型心筋症(apical hypertrophic cardiomyopathy:AHP)、拡張相肥大型心筋症(dilated form of HCM:D-HCM)等に分類されます。

HOCMは左室の流出が駆出記に閉塞、狭窄を起こすタイプで心臓超音波検査の連続波超音波ドプラー法で30mmHg以上の圧較差が認められれば、閉塞性と診断されます。MVOは肥大に伴う心室中部の内腔狭窄があり、その前後に連続波超音波ドプラー法で30mmHg以上の圧較差が認めらる場合をいいます。AHPは欧米よりも日本に多く、心電図で特徴的な異常を示すことが多いようです(巨大陰性T波(10mm以上の陰性T波)と左室高電位)。左室は心尖部の肥厚が特に著しく、心尖部左室腔は狭くなり、「スペード型」を呈します。
非対称性中隔肥厚タイプやび漫性心室肥厚タイプと異なり、若年発症は非常にまれで、40歳以上の男性に多く、家族内発症が少なく、散発例がほとんどです。心尖部肥大型心筋症のみを発症する家系は報告されていません。10年以上の長期観察ではほとんどの症例で心電図R波の減高や巨大陰性T波の消失がみられ、心エコーでは心尖部の肥大が心基部へ対称性に広がると報告されています。

D-HCMは肥大型心筋症から拡張型心筋症様病態に移行したと考えられるものです。左室内腔は拡大し、左室壁の動きが低下します。病態の進行とともに心室壁は徐々に薄くなります。心筋への血流が不足するために、心筋の脱落や線維化がおこり、心室壁が菲薄化すると考えられています。欧米では肥大型心筋症の約10~15%が拡張相に進行すると報告されています。拡張相肥大型心筋症は心不全をきたし、予後は不良です。

肥大型心筋症の自然経過は、一生無症状のものから、急死する人、心不全を発症する人など多彩です。厚生研究班の調査によると成人で発症する肥大型心筋症は、5年生存率92%、10年生存率約80%と比較的良好です。しかし、成人の10年生存率が約80%であるのに比べて、小児では約50%と若年発症者の生命予後は不良です。特に、若年発症例、家族性の強いもの、めまいや失神などの症状があるものなどは予後が不良です。

肥大型心筋症の関連死としては、1)突然死、2)心不全死、3)心房細動に伴う脳塞栓症があります。年齢分布は、若年から高齢まで広く、小児期から青年期は突然死や拡張不全による心不全死が多いです。中高年になるにつれて突然死が減少し、収縮不全による心不全や心房細動による脳塞栓症による死亡が増加します。心房細動を合併すると脳塞栓のリスクが著しく上昇します。
また、心房細動が心不全や心室性不整脈の引き金となるためにハイリスクです。突然死は自覚症状の重症度と関係なく起こりえます。たとえ今まで無症状の肥大型心筋症でも突然死の可能性があります。特に30歳以下の若年者は注意が必要です。肥大型心筋症の突然死は重症の心室性不整脈がおもな原因である可能性が高いようです。頻拍性心房細動や粗動、発作性上室性頻拍などの不整脈、運動による血圧の著しい下降も突然死の原因となります。

心エコー所見から突然死の危険性を予測することは困難であるとされています。30mmHg以上の圧較差も有意な予後予測因子ですが、突然死の陽性的中率は7%と低く、その意義は小さいです。大人よりも子供で発症した肥大型心筋症の突然死のリスクは高く、子供の肥大型心筋症は約半数10年内に死亡するので注意が必要です。これらの多くは生前は無症状で、肥大型心筋症と診断されていません。突然死の多くは必ずしも強い運動ではなく、安静時や軽度の運動で起きています。

肥大型心筋症は若年運動競技者の突然死の最も多い原因です。ある報告では突然死したスポーツ競技者158例の内、心臓や血管の異常により死亡した134例の平均年齢は17歳(12-40歳)で、そのうち48例(36%)は肥大型心筋症であったということです。このうち、生前のメディカルチェックで心血管系の異常を指摘されていたのは、わずか4例(3%)のみであったということです。

治療としては薬物治療が行われますが確実に有効なものはありません。薬剤としてはβ遮断薬、ベラパミルやジルチアゼムなどのカルシウム拮抗剤、ジソピラミド、シベンゾリンなどの不整脈治療剤を心筋の収縮力を低下させるために用いることもあります。

②拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy:DCM)

心室の筋肉の収縮が極めて悪くなり、心臓が拡張してしまう病気で肥大型心筋症に較べて予後の悪いものです。左室あるいは左右の両心室の心筋収縮の低下とその内腔の拡大を特徴とする心筋の病気で、左室だけの場合と左右の両心室がともに障害される場合があります。症状は、通常心不全に基づく症状や所見があり、しばしば進行性です。不整脈、血栓塞栓症、突然死の合併が高頻度にみられ、長期的には予後の悪い病気です。心筋の細胞の一部ないしすべての性質が変化し、通常より心筋が薄く延びてしまい、そのため心臓のポンプ機能が著しく低下します。

初期段階では自覚症状があまりなく、易疲労感や動作時に軽い動悸が起こる程度であるため、発見が遅れてしまうケースがあります。病状が進行すると重篤なうっ血性心不全や治療抵抗性の不整脈を起こす。

我が国のかつて統計によると、診断されてから5年生存している人は54%、10年生存は36%とされていましたが、最近では治療の進歩により生存率は76%と良くなっています。死因としては、心不全と不整脈があります。また、不整脈や心不全の重い人では、心臓の腔内に血の塊(血栓)ができて、それがはがれて血流に乗って流れると脳の血管などにつまって脳梗塞を生じたりします。平成11年の厚生省の調査では全国推計17,700人であり、10万人あたり14人でした。

しかしこの調査は病院を受診した人であり、また、この病気は無症状の人が多いため、実際にはもっと多いと考えられています。男女とも60歳台が最も多く、ついで男性では50歳台、女性では70歳台に多くみられます。男女比は2.6:1と男性に多い傾向がみられます。現在のところ原因は不明ですが、ウイルス性心筋炎の関与が注目されています。ウイルス感染との関連が注目され、本症の心筋からコクサッキーウイルス、アデノウイルスやC型肝炎ウイルスなどのウイルスゲノムが検出されており、ウイルス性心筋炎との関連が考えられている。

家族性の拡張型心筋症は、外国での報告は20~30%にみられ、上記の厚生省の調査では5%の家族内発症がみられます。心筋アクチン遺伝子、デスミン遺伝子、ラミン遺伝子、δ-サルコグリカン遺伝子、心筋βミオシン重鎖遺伝子、心筋トロポニンΤ遺伝子、αトロポミオシン遺伝子の異常で拡張型心筋症様病態を発症することがあると報告されていいます。

自覚症状として動悸や呼吸困難がみられます。はじめは運動時に現れますが、症状が進むにしたがって、安静時にも出現し、夜間の呼吸困難などを来します。また、心機能の低下が進むと、浮腫や不整脈が現れてきます。不整脈で重要なものには、脈が1分間に200回以上になる心室頻拍があり、急死の原因になります。逆に、脈が遅くなる房室ブロックがみられることもあります。

胸部エックス線写真では心臓の拡大がみられ、心不全状態になると肺にうっ血所見が現れます。心電図ではさまざまな異常所見が出ます。心エコー検査では心室腔、特に左心室内径の拡大がみられ、心室壁の動きの低下もわかります。診断の確定は、心臓カテーテル検査で心臓の動きの低下をみることです。この場合、心筋生検で心臓の筋肉の組織像を調べることにより原因がわかることもあります。

拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy:DCM)は左心不全による低心拍出状態と肺うっ血や不整脈による症状を特徴とし、進行すると両心不全による臨床症状を来します。初期には自覚症状に乏しく、集団検診で発見されることも多いようです。

自覚症状は労作時呼吸困難、動悸や易疲労感の訴えで始まり、進行すると安静時呼吸困難、発作性夜間呼吸困難、起座呼吸を呈するようになります。また、不整脈による脈の欠滞や動悸、胸部圧迫感や胸痛などを来すこともあります。心拡大と心不全徴候がみられます。頻脈、脈圧小、皮膚の蒼白、頸静脈の怒張、浮腫、肝腫大、肝拍動、腹水などがみられます。心エコー図上、左室内腔の拡大とびまん性壁運動低下がみられ、弁膜症や先天性心疾患を認めない場合は本症である可能性が高くなります。特定心筋症との鑑別が必要ですが、特に重症左室機能不全を伴う虚血性心疾患との鑑別が重要です。

鑑別には冠動脈造影が必須ですが、冠動脈CTも有用です。心サルコイドーシスや心アミロイドーシスの除外には心筋生検所見が重要であり、神経・筋疾患や筋ジストロフィ、ミトコンドリア心筋症、内分泌疾患、膠原病などの全身性疾患の存在の有無に注意が必要です。肥大型心筋症であったものが左室内腔の拡張、収縮不全をきたし、拡張型心筋症様病態を呈することがあり、肥大型心筋症の家族歴の有無を調べることが必要となります。

予後の悪い病気ですので、必ず入院検査が必要です。症状がないときでも定期的な観察が欠かせません。心不全に対しては薬物療法を行います。ベータ遮断薬が有効であり、ACE阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬も延命効果や運動耐容能(運動に耐える能力)の改善が認められ、ベータ遮断薬と併用して使われています。水分が貯留する人では、利尿薬を使います。利尿薬の一種であるスピロノラクトンは、利尿薬としてだけではなく心不全の改善効果があるとされています。一部の患者さんでは完全社会復帰が可能となる程の回復がみられますが、各種の薬剤は専門医の指示に従って注意深い服用が重要です。

この病気は重い不整脈を合併することが多く、不整脈の薬や植込型除細動器が必要となることがあります。高度の房室ブロックや病的洞結節症候群などの除拍性不整脈を合併している場合には人工ペースメーカの適応が検討されますが、本症では左室拡大を伴うびまん性左室壁運動低下が存在し、左室壁在血栓が生じる場合があります。また、左房拡大が伴う心房細動の例で心房内血栓が生じる場合もあり、予防的にワルファリンによる抗凝固療法を行います。

慢性進行性のことが多く予後がよくないため、欧米では心移植が必要となることが多く、我が国における心移植適応例の80%以上はこの病気です。厚生省の調査では、5年生存率は76%であり、死因の多くは心不全または不整脈です。

バチスタ手術はブラジル人のランダス・J・V・バチスタによって1980年代に考案された心臓外科手術で、正式には「左室縮小形成手術」と呼ばれます。直接肥大した心臓の左心房の3分の1程度を切除し心臓の形を整える手術で心臓移植と比較して以下の有効な点があります。

  • ①患者自身の心臓を使い続けるので、心臓移植の最大の問題であるドナーの不足が全く影響しない。また、免疫抑制剤も不要であるため免疫力低下がない。
  • ②15歳未満の患児に対しても行うことができる。
  • ③医療保険の対象であり安価にすむ。

しかし以下の問題点があります。

  • ①世界的に行われるようになったのは心臓移植に比べてごく最近であり、研究途上である。
  • ②手術後、左心房が再び拡大するかどうか、またどの程度の期間をおいて再拡大が起こるのかは統計不足であり不明である。
  • ③手術自体が非常に難しくリスクが高い。
  • ⑤遠隔生存率が心臓移植に比べて若干低い。

不確定要素が多いが、心臓移植の代替手術としては有効という見解が一般的です。日本国内では1996年12月2日に須磨久善医師によって初めて実行されました。

バチスタ手術は遠隔心不全回避率が低く、術後3年の心不全回避率は25%前後と報告されています。左心室を切除してしまうため、心機能が低下してしまうのがその原因とされています。そこでバチスタ手術を改良し発案されたのが左室縮小手術で左心室を切開し、それを左心壁を巻き込む形で縫い合わせる手術です。心臓を提供するドナーが少ない日本では今後バチスタ手術と並んで研究が進められていくものと予想されます。
しかし、症例数がごくわずかで予後経過については心臓移植にくらべて不明な点が多いです。また、心臓外科医に要求される技術レベルは非常に高く、手術における危険は他の治療法に比べて高いものです。心臓移植までの症状維持としての補助人工心臓は2004年に医療保険の適用となり、移植目的でなく補助人工心臓を使い続ける選択は、主に高齢のため手術に耐えうる体力がない患者に対してとられることが多いようです。

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